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  • 執筆者の写真: 耳ず
    耳ず
  • 2020年12月10日
  • 読了時間: 10分

私が富野由悠季展で得た燃料というのは、「ララァとシャアの肉体関係の重要性」です。展示資料の一つに、プラトニック(純粋で精神的である様)なアムロとララァに反しシャアとララァは肉体が伴い、それがララァにとってシャアを未練がましいものにしたとありました。私はこれまで、ララァがアムロと一緒になれないのはシャアに恋して愛してしまったからだと思っていました。勿論それに間違いはありません。けれども、その中にシャアと肉体関係を持ったことが大きく関わっているのです。

 ララァは地球のカバスという場所(おそらく地域というより)娼館にいました。金持ちや偉い人を相手にする娼館で、特定の人とパトロンになり「恋人」を結ぶことである程度の安全とお金が保証される制度です。『密会』でララァはドラマで得た知識と娼館での現実の差におどろいています。「恋人」が思っていたものと違って…。しかしララァは娼館での「恋人」の営みと、実際のそれ(愛し合う者の触れ合い)が違うことはわかっていました。ララァは養父(娼館のマスター)からこのように教えられています。


 「恋し、恋されるという関係にはいるには、誰でもいいというものではない。気位高く、羞恥という身だしなみがなければ、恋されることはない。恋い焦がれる心がなければ、睦みあいも空しいものになる。性愛というのは、心の交歓だからな」


だからララァは心の片隅で本当の愛を知る時を夢見ていたのです。これは逆に言えばララァはまだこの喜びを知らないことを指します。

 この後ララァは娼館から逃げ出したところをシャアに助けられて宇宙に上がります。なぜここでシャアが出てくるのかというと、シャアはガルマを守り切れなかったことにより地球に左遷されていたのです。その折に利用した娼館の相手がララァだったためでした。※1

ララァは逃げ出して後ろから麻酔弾を撃ち込まれたときシャアに助けを求めました。それを彼が感じ取ったのです。この時の縁をララァは「赤い糸」に例えてシャアに話します。このことからも既にララァがシャアに対してそのような気持ちを寄せていることがわかります。この時点で既にシャアはララァの気持ちを汲み取って、外に連れ出した「特別な人」となっているのです。

一方シャアがララァを助け出したのは、その特別な能力を買うためでした。艦に上げると、その力を試し、ララァを兵力にしたいことを告げます。勿論協力はしなくてもいい、今すぐ地球に帰すこともできるとララァに選ばせました。ララァは悩み、熟考しましたがシャアのもとにいることに決めました。ララァは自分がそんな特別だと思っていなかったのです。シャアが買うだけの能力が自分にある自負もありませんでした。だからこんなに自分に価値を見出して信じてくれる、救ってくれる彼に応えたいと思ったのです。ララァはそのためだけにシャアについて行ったのです。宇宙に上がれば兵士として利用されるのに、たったそれだけのために彼のもとを選んだのです。

ララァはシャアに恋していました。愛していました。彼は、今まで養護院や娼館で出会ったどの男性とも違いました。ララァを宇宙に連れ出してくれたのです。ララァに宇宙に来るか、地球にいるか?どうしたいか聞いてくれたのです。ララァに「この人のために生きたい」という気持ちを教えてくれたのです。彼はニュータイプ(以下NT)の概念を教え、NTがNTとして生きられる世の中を作りたいと説き、多くの部下に慕われ、力もありました。博識で、人望があって、強くて―――美しい人でした。

ララァはアムロと出会ったとき、コテージから白鳥を見ていました。空を飛ぶ白鳥が体勢を崩し水面へ落ちていく…その様を見ていました。アムロが「あの鳥のこと…好きだったのかい?」と声をかけると、ララァは次のように答えます。


 美しいものが嫌いな人がいて?――美しいものが嫌いな人がいるかしら?それが年老いて死んでいくのを見るのは悲しいことじゃなくって?


ララァは美しいものが好きでした。シャアは美しい人でした。それは見た目も勿論なのですが、内面がということでした。そのような人に求められるということは、ララァにはない経験でした。シャアは多くの初めてをくれたのです。

シャアが地球でララァに応え、NTによる世づくりを考えたのには理由があります。それは、友人ガルマ・ザビの死です。彼が死んだのはシャアのせいです。シャアが裏切ったせいです。彼らの故郷サイド3(後のジオン公国)はシャアの家―ダイクン家が主に治めていましたが、何者かによってダイクン家の当主が暗殺され、命を狙われる立場となったため一家離散。ジオンから亡命しました。その後ダイクン家の後釜についたのはガルマの家―ザビ家でした。

シャアはザビ家復讐のために素性を隠し、名前を変えて(本名はキャスバル・レム・ダイクン)ジオンに戻り人生を歩みなおします。そこで入った士官学校で友人となったのがガルマ・ザビでした。ガルマはザビ家の四男坊で、末っ子でした。彼はシャアを親友と慕い、学生時代から長い時を共にします。とはいっても、シャアの裏にある目的はザビ家復讐でした。機会があればそれを果たすのは当然のこと。シャアはホワイトベース、ガンダムとの戦闘においてガルマを見殺しにします。

「謀ったな!シャア!」ガルマの言葉にシャアは答えます。

「君は良い友人であったが、君の御父上が悪いのだよ」

しかしその後のシャアの心中は複雑でした。上記のセリフを言った時、シャアは確かに笑っていましたが、その後バーで一人酒を飲む表情には陰りがありました。テレビではガルマの葬式が中継されていました。ガルマの兄ギレンは弟の死を借りて国民を決起します。

「ガルマ・ザビは死んだ!なぜだ?!」

シャアは「坊やだからさ」と答えますが、兄は「闘いに疲れた我らに鞭打つために死んだのである!同胞の死を無駄にするなと叫んで死んだのである!」と演説します。シャアはそれを聞いて良しと思いませんでした。「君は良い友人であったが」「坊やだからさ」この言葉からもわかりますが、シャアはガルマ自身を悪く思っていませんでした。むしろ好いていただろうと思います。学生時代から交友し、青春の時代を共にしてきたガルマ。復讐のために彼を殺しましたが心中は晴れず、むしろ彼の死を利用して国民を奮い立たせるギレンに不快感を覚えていました。この感情は「復讐のため」という目的と反し、それだけでは納得しきれるものではありません。そのためにシャアは、目的を私的な復讐ではなく、人類のNT化という公的な目的にすり替えたのです。――シャアはガルマを殺したことに罪悪感と喪失を感じていたのです。彼のためにも、人類は変わらなければならない。そのためにはNTが必要なのだ。――そうした矢先に出会ったのがララァでした。

 シャアの内面の美しさとはこのことです。シャアは自分でガルマを殺したにも関わらず、彼の死に打ちのめされ、心にずっと留めていたのです。視聴者も忘れていたであろうガルマの死(10話ガルマ散る)から最終回(43話脱出)までずっと、ずーーとガルマのことを覚えていました。ザビ家の兄弟のうち、シャアが手をかけたのはガルマと長女キリシアだけです。そのキリシアもガルマへの手向けとしてシャアは天へ送りました。

ララァはきっと、シャアと時間を重ねるたびに彼の愚かさや優しさや悲しさがわかったのです。そしてララァの中で実っていた恋は愛しさを覚え、彼を深く愛するようになったのでしょう。たとえシャアに愛されなくても、ララァが想っているだけのものであっても…そうした愛しさを教えてくれたのはシャアでした。愛する人と体を交える温かさや喜び、気持ちよさ…それらを教えてくれたのはシャアで、感じることができたのも彼が初めてだったのです。夢見ていたそれをくれたシャア。それがララァにとってどれほどの喜びだったか、特別だったか、大切なものだったか…。

 だからララァはアムロと一緒になれなかったのでした。どれだけアムロが精神的に合っていても、やっと逢えた運命の人であっても、自分の半身であったとしても、彼のところにはもういけないのでした。


「あなたが来るのが遅すぎたのよ。何故今になって現れたの?何故?何故あなたはこうも戦えるの?あなたには守るべき人も、守るべきものもないというのに!」

「守るべきものがない?」

「私には見える。あなたの中には、家族も、ふるさともないというのに」

「守るべきものがなくて、戦ってはいけないのか」

「それは、不自然なのよ。私は、私を救ってくれた人のために戦っているわ」

「たった、それだけのために?」


アムロには、ララァのそれがまだ理解できないのです。アムロはララァのようなそれを持っていないのです。二人は一緒になれない。じゃあララァはシャアをとってアムロを殺したか。ララァは、シャアもアムロも選べませんでした。いえ、どちらも選んだと言えるかもしれません。ララァはシャアをかばってアムロに自分を殺させたのです。ララァのエゴがそうさせたのです。あの場面、不幸な事故と思えるかもしれません。しかし、あそこでシャアを助けるならガンダムでもザクでもエルメスで体当たりすれば良かったんです。間に入って刺し殺される必要は必ずしもありませんでした。ララァはシャアを助けたかった。アムロを殺せなかった。その結果なんです。このことは『密会』でも書かれており、ララァはアムロに自分を殺させたと書いています。

シャアは命をもって庇うララァの決死を目の前で見ました。アムロはビームサーベルの刺さった確かな感触を手に、焼け死ぬララァの叫び声を聞きました。

「ラ、ララァ…、と、取り返しのつかないことを…

取り返しのつかないことをしてしまった……」

アムロはララァをこの手で殺してしまったことに嗚咽します。そんなアムロにララァはシャアを託したのでした。『密会』にこんなアムロとララァの会話があります。


『大佐は、生きながら、遊びたいと思っている人』

「……?どうして口をつぐむんだ?」

『アムロは、わかっているでしょう?それは、やめさせて欲しい』

「それで、ぼくを生き残らせたのか?」

『そんなこと、わからないけど、あたしは、アムロといっしょになれて幸せだから、あなたのやることを、あなたが死ぬまで見ているわ』

「そうしてくれれば、まちがわないかもしれない。けど、シャアがやろうとすることを、やめさせることができるんだろうか?」

『アムロが気持ちいいようにしていけば、そうなるでしょう』

「そうだろうか」

『あたしは、アムロがまちがえないようにできるように気をつけている』

「ぼくは、ララァのアムロだから、まちがえない」


二人が会話できているのは、ララァの意識/存在がアムロの中に行き渡ることを、アムロが許しているかららしいのです。ララァが肉体を失ってシャアから離れた今、ララァはやっとアムロのそばに来れるようになったのです。二人は、一つになったのです。

前述で、ララァはアムロもシャアも選ばなかった厭どちらも選んだといったのは、ララァは自分の愛をシャアにささげた形で肉体を捨て、自分自身、自分の意識というものをアムロにあげたからです。ララァはどちらもに自分を残していったのです。


ララァにとって、シャアがどれだけ喜びを与えてくれた人かということを今回で感じた時、アムロと出会った時の心中の複雑さを考えました。アムロがどれだけ大事でも、肉体を持った今、シャアのもとを離れるわけにはいかないのです。ララァは、シャアの肌のぬくもりや、手のやさしさや、瞳の美しさなどを知っているのです。アムロとララァはプラトニックだと言いましたが、本当に、徹底してそうなのです。アムロとララァは(MS越しではなく生身で)2回しか会ったことがありません。しかもそのいずれにおいても肌に触れたことがありません。軽く手が触れるとか、肩がぶつかるとか、全くないのです。言葉を交わして…交わしてそれだけです。この対比があまりにしっかりと作られていて驚きました。そしてあまりにも切なくて、残酷で、よりこの三人の関係が好きになりました。

また、今回を通してシャアの中でいかに友人ガルマ・ザビが大切だったかを知りました。なんとなくガルマの存在は大きかったのではないかと思いつつ言葉にできなかったのですが、参考資料の動画を見て納得しました。なるほど~。彼の行動の根幹や、アムロとの関係について見えてきたものがあるので次回上げたいと思います。次回の文章は多分、今回よりも大分くだけた感じになると思います。この二人のことを言っていて、まとまる気もしないので笑


※1シャアは地球に来た時、ララァの「宇宙に飛びたい」という思惟を感じ取って、娼館を訪れています。そして思惟を飛ばした彼女に会うためにお金を積み、ララァと出会い一夜を共にしたのでした。


参考資料

・ぼくらのためのガンダム学入門「青年としてのアムロとシャア」

・富野由悠季『密会 アムロとララァ』平成12年10月1日発行 角川書店

 
 
 

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