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米英メモ③

  • 執筆者の写真: 耳ず
    耳ず
  • 2024年2月1日
  • 読了時間: 21分

更新日:2024年2月29日

面白いことを知った

アメリカがまた記憶を失ったらしい


その速報が入ったのは、俺が家にいる時だった。上司から特殊な任務を与えるから、暫くアメリカに行ってほしいと言われたのだ。職場に呼び出されて渡されたのは、留学ビザと偽造の学生証、航空券とその他必要書類だった。

「なんだこれ」

「お前には任務達成までアメリカで大学生として滞在してもらう。H大学の学生寮に住み、アメリカと相部屋になってもらう」

チャンスも多いからバカンス程度で終わるさと肩を叩く上司。肝心なことが説明されていない。

「それでつまるところ特殊任務とは?」


ーーーーアメリカの記憶を取り戻すこと。



乗り込んだ機内で書類を読む。

アルフレッド・F・ジョーンズ(19)

芸術・人文科学専攻。偽造の出生証明書と学生証を持ち、何食わぬ顔で1年生として相部屋の学生寮に一人で住んでいる。アメリカが出勤日に現れず、調査するうちにH大学に在籍していることがわかった。本人と接触するも記憶がなく、派遣した役人が通報されるなどのトラブルが発生。ならばと何人かのスパイを学内に送りこむ。フリではないか確認するため、友人となり動向をチェックした結果、本当に記憶喪失であることが確定した。

最後にアメリカが、アメリカの意識を持って行動していたのを確認できたのはイギリスからアメリカへ帰国した際の入国審査である。

NYの自宅に戻ったところは確認されたが、この時既に「アルフレッド」だったのか「アメリカ」だったのかは定かではない。そのため、今回の事件に英国の関与が疑われており、その疑惑を晴らすために「イギリス」本人に解決してもらうーーーということだった。


イギリスは大きくため息をついて、アルフレッドの学生証のコピーを見やる。たまったもんじゃない。俺が何をするっていうんだ。アイツの突発的な思いつきじゃないのか………。イギリスはまだアメリカの記憶障害を疑っていた。これだけ用意周到に書類を偽造しておいて、本当に記憶障害なのか?あらかじめ予定していたとしか思えない。


ーーー我々もアメリカの盛大な茶番であることを期待しているが、たとえそうだとしても彼が満足するまで終わりはしないだろう。


イギリスは再びため息をついた。自分の学生証を見る。イギリスからH大学に編入した芸術・人文科学専攻の1年生。アーサー・カークランド。…俺が大学生?しかもアメリカと同学年。まったく茶番にも程がある。

国が記憶を失うなんてこんなことは初めてだ。イギリスは書類をカバンにしまいながら思った。

ーーー何が望みなんだよアメリカ。



(冒頭でまたと言っているのに、終わりに初めてだと言っている。無意識。「また」の方が、無意識の言葉)

ーーーー


愛について


自由に生きるには、お前は優しすぎる

自由に生きるには、お前には固執が強すぎる

自由に生きるには、「自由に生きるには」?


アルフレッド・F・ジョーンズ、19才。

人からよく「自由でいいね」と言われる。

おおらかで、他人が踏みとどまってしまうことを簡単に飛び越えてしまう。

そう見えるらしい。本当に俺のそばには自由があるといえるのだろうか?…実は自分ではちっともそう思ったことがない。

というのも、俺にはこだわる過去や生まれがない。いや、きっと俺にも生まれた故郷があったし、何らかの過去もあったのだろう。だけれども、それを俺はちっとも覚えていないのだった。気がつくと電車に揺られていて、こう思った。

『えーと…何だっけ…?』

自分は何をしていたか?はまず思ったことで、その後なんとなく降りた停車駅で頬をさすった。

………俺は誰なんだろう

思い出せないことが多すぎて、俺は適切な目的語が思いつかずにいたのだ。

とりあえず自分の荷物を漁って、自分の名前と学校と、住所と…生活に必要な情報は得て今に至る。


他人には自由に見えても、それは「そう見える」にすぎなかった。日々が楽しくないわけじゃない。ただ、俺にとっては物語の核心に触れないまま話が進んでいく…そんな惰性にしか感じられないのだった。ーー俺はどこから来たのだろう。どこから来たのかも知らないで、どこに向かっているか分かるだろうか?


そんなある日、アルフレッドの空白の同居人にアーサーが来ることがわかる。アルはアーサーを歓迎する。


アーサーは大学生活を始めて、アルの注目度の高さを実感する。

授業に出席すると、男女問わずアレコレと聞かれるからだ。(その中には勿論、サクラで入り込んだ工員もいるのだが…。どさくさに紛れて情報共有)

そして同時にアルフレッドがどういう人間かも理解する。性格的にはアメリカと大きくは変わらない。しかしアメリカよりも繊細なところがあるようだった。

友人たちから聞いた話によると、アルフレッドは両親と長年連絡をとっていないのだという。流石に学費の負担は自分ではないものの、電話の一本も、手紙一通のやり取りもしていないらしい。彼は何らかの原因によって勘当され、今は親戚との仲介によってなんとか繋がっている状態だとか。なぜアルフレッドとその親の関係がこうも拗れているのかは本人しか知らない。友人たちが深く聞こうにもはぐらかされるだけなのだという。そんな中唯一アルフレッドが答えることはこれだ。


「自分の信じる道を証明するためにも、俺はこの大学で成果を出さなければならない。そうすれば…振り向いた時、自分の足跡がどこを通ってきたか分かるはずだから」


……だそうだ。

アーサーは寮に帰った。アルフレッドはまだ帰っていない。間違いない。こいつの満足のいくところとは、つまり「そこ」にあるのだろう。


アーサーと生活していくうちに、アルフレッドはアーサーに親しみを覚えるようになる。そしてある日アーサーから「自分は空っぽだ」という弱音を聞く。


「アーサー・カークランドという人間は本当はいないんだ」

「……どういうこと?アーサーはいるじゃないか」

「いない。俺は本当はアーサーじゃないんだ。………俺の両親はアーサー…俺の亡き兄が欲しかったんだよ。だけどアーサーは死んでしまった。俺はその空白のタイミングで現れたそっくりさんってだけだ。俺は養子なんだよ。………俺はアイツにそっくりなんだ。アーサーの代わりなんだよ。俺の最初の教科書はアーサーの日記だった。アイツのアルバムだった。アイツの人生をなぞって生きてきたんだ」

「そんなのってないぞ!だって、それは結局アーサーにも…その、どっちのアーサーにも失礼じゃないか!」

「だけど!俺は、もう一人は嫌だったんだよ。自分の性格の面倒くささは自分がよく分かっていた。俺もバカだったんだ。自分のまま生きてるのが嫌になったんだよ。だから……その「両親にめいいっぱい愛されてるアーサー」の人生を乗っ取ることにしたんだ。俺は自らただの入れ物になることを選んだ。だけど………俺は今やアーサーにはなかった時間を生きてる。アイツならどうしてたんだろう?分からない。K大学に入学して、勉強して、その先はどうするつもりだったんだろう?

……分からなくて当然だ!俺はアーサーに会ったことはないんだから。だから俺は優秀な学生のままでいることにした。H大学に編入したんだ。だけど親から離れて、ここにいると、自分が見え隠れする…。空っぽなはずの自分が出てくる」

「アーサーは………自由が怖いのかい?」

アルフレッドは重ねてこうも尋ねた。

「自分が怖い?」


「………別に、自分が怖いわけじゃない。ただ、踏み出すのが怖いんだよ。お前といると、いつか、引かれたラインを踏み越えてしまいそうな気がする」

アルはそれを聞いて綻んだ。そして、同じだと思った。

「アーサー聞いてよ。俺も空っぽなんだ」



「俺の身の上の話を聞いてるかもしれないけど、アレ、全部嘘だからね」

アーサーは目を見開く。

「俺にはね、電車に揺られていた記憶と、この学生証」

アルフレッドは学生証をヒラヒラと揺らす。

「ここに書かれている以上の記憶はないんだ。だから、俺が親とか親戚とかについて言ってることは、この学生証にある「アルフレッド」の想像でしかない」

驚いた?と聞くアルフレッドは妙に楽しそうだった。アーサーが思わずなんでそんなこと、と呟くとアルフレッドは大きく伸びをした。

「分からないんだぞ!だけど、俺はアーサーとおんなじ。空っぽだよ。本当の自分を生きていない。だけど…嘘の境遇を作ったのは、「こうでありたいから」。もちろん本当の俺がどういう人間なのかは気になるよ。無くした記憶を取り戻したい。だけど、今は欲しくない。

なんでだろう?君と会うまではずっと自分が何者なのか気になっていたのに、君と会った途端この「新しい人生」を手放したくなくなったんだ。だから、本当の自分に触れそうなラインで足踏みをする君の怖さは分かるよ」

アルフレッドはフッ笑うと、アーサーを見つめてこう言った。

「………こんなことを言うのは、君が初めてだ」

アルフレッドのはにかみ笑い。それがあまりにも気恥ずかしそうだったので、聞かずともこれが本心だと分かった。

アーサーはーーーイギリスは「本質に触れた」と思った。勿論アーサーの境遇は嘘だ。アメリカがアルフレッドという人物を作ったように、イギリスもそれに合わせてアーサーという人物を作ったのだ。「アーサーなんて人間はいない」という本当を交えて。それで、アルフレッドがどう反応するか。情報を引き出すなら、まずは自分から話すべきだ。ーーそうして引き出せたものはビンゴだった。


「じゃあ、自分の足跡を見るために成果を出さなくちゃいけないっていう話も嘘か?」

アーサーがそう尋ねるとアルフレッド急に真剣な顔つきになって答えた。

「それは本当だよ。ーーー俺には忘れられない言葉があるんだ。ぼーとしてると頭に反芻してくる。「自由になるにはお前は優しすぎる」「自由になるにはお前は固執が強すぎる」「自由になるにはーー」って…。ねえ、なんで自由にならなくちゃいけないんだい?そもそもこの自由ってどういう意味なのかな?それに、この言葉は誰の言葉なんだろう……。ーー俺はね、それを探してるんだ。自分を知ることを手放しても、それだけはずっと気になっているんだ。」


この日からアルとアーサーの距離が一気に親密になる。そして二人で外に出かけることも増えていく。


会話①

アルに連れられて、G山に登山しにいく。その時アルフレッドが慎重さに欠けた、無茶な行動を沢山するものだからアーサーは苛々。

アルは定期的に振り返ってくれるものの、基本的には前を歩いており、その距離が空くこともしばしば。後ろを確認しないでグングン上へ登っていくアルの背中に眩暈がする。


足元を見ると上から石がコロコロ落ちてきて、アルを見ると足を滑らせていた。滑落はしてないものの、アーサーは怒鳴り込んでしまう。

「馬鹿!!!!いくらお前が死ーーーー」

死なないとはいえと言いかけて口をつぐむ。

「丈夫だからって無茶してんじゃねえ!!」

アルはそれを気にするそぶりもなくあはは!と笑っている。

その様子を見てアーサーは脱力。

「笑い事じゃねえよ……」

「ちょっと擦っちゃったけど、大丈夫!冒険に危険はつきものさ!」

グッと親指を立てる姿にイラ。

「反省しろ!!」

頭をこずく。

「あうち!」

アーサーは足を出せと言って応急処置をする。



会話②

声のトーンを落とすとアルフレッドは呟いた。

「これから言うことは、君に慰めてほしいわけでも叱ってほしいわけでもない。ただの独り言だから、聞いてほしい。ただ、聞いてほしいんだ。ーーー俺がこんなことを言うと可笑しいかもしれないけど………

死んでみたかったんだよね。暗い意味じゃなく」

アーサーは言葉に窮した。ただ聞けと言われたって、なんの反応もしないなんてできるだろうか。あのアメリカが、何だって?

「君なら大丈夫だと思うからこそ言うんだぞ。なんだかさ、君って死ぬことから一番遠そうだから」

冗談めかして笑う。その笑顔の痛々しさときたら。人の神経を逆撫でして誤魔化したい気持ちがよく伝わってきた。

「…図太いってか」

「まあなんだかんだ君は死ななそうだよね」

「……」

俺がすぐに挑発に乗らなかったせいか、アルは途端バツの悪い顔をした。

「ごめん、別に本当にそう思ってるわけじゃないんだ。ただシリアスに取られたくなくてね。うん…俺も、死にたいわけじゃないよ。本当に暗い意味じゃなくて…自分でもよくわからないけど、死ぬことが目的じゃないから」

「死にたいのに死ぬのは目的じゃないのか」

「そうそう。死体になってみたいって感じ」

「それはまた何で」

「何でって、それがうまく言えないんだけど……うーん」

「…生きたくないっていうのと違うのか」

「違うね。生きたいよ。全然。だから、死ぬことは目的じゃないのさ」

「分かんねえな」

「俺もそうなんだけどさ、モヤがかかってて……。あのさ、俺の頭に響く問い…自由になるにはーーってやつ。アレと関係してるとは思うんだよね。だけど、この思いがどう関連してるのかは分からない。俺には思い出せないことが多すぎるんだ」

アルフレッドは一度黙ると、この会話の着地点を探すように目をうろうろさせた。

「あー…そうだな、今思いついたよ。なぜ死体になりたいか。

結論まで長くなるけど、ちょっと聞いてくれよ。ーー死体遺棄って犯罪だろ?なんでかなって考えると俺は「誰かの物だから」だと思うんだ。家族には埋葬の義務があって、家族がいなくても自治体に義務があったりして…その人が生前に関わったコミュニティに見送ってもらわなきゃいけない。勝手にやるのはダメだよ。然るべき手順を踏まなきゃいけないんだ。

それはきっと弔うため。…でもそれって、死者の尊厳がどうじゃなくて、生きる人のためだと思う。誰かが死んだ時、無意識にでも生きてる人は死の存在を感じる。死者が生きている人の内側に食い込む。心の中に降り積もっていく。その時、死んだ人を受け入れた時、生きてる人の内側にのみ死者は存在する。どこにもいなくてもね。心の中で、その人の物になる。

誰かのものになる。

そのために死に行くわけじゃないけど、生きていては手に入れられない死をあげられるわけさ」

「死をあげる?メメントモリ?」

「いいね、それ!もともとはラテン語の今を楽しめ!だろ?ああ明るい意味になった!笑

ーーー俺の今をあげるのさ、そう、死んだらそれができる」


「今でもできるだろ」

アーサーはアルを窘めるかのように、固い声色で言った。

アルは下げた目線をアーサーに移した。

「生きていても」

そう続けるアーサーの瞳を、アルは真意を測るように見つめた。

負けじとアーサーもアルの目線に応えた。

「…そうだね」

「だろ」

「そうだけど……なんとなく、俺は、それは生きていてはできないことだと思ったんだ。それが何でかは分からないけど…」

「生きろよ。死体のお前なんか見たくない」

「…やだな、暗くなっちゃったのかい?」

「そういう話だっただろ」

「違うよ、暗い意味じゃないって。俺は…要は…誰かと一緒に生きたかったのさ。何者でもない俺ってものと一緒に。俺は、それが死ぬことでじゃないと成立しないと思ったんだ」

「叶うさ」

アーサーは励ますような力強い目線のままそう言った。

「お前なら、なんでもやれるだろ?」

そこにはたしかに信頼があった。


会話③

アーサーから感じる懐かしさはなんだろう。ぶすくれた顔の既視感だったり、手料理の親しみのある不味さだったり、酔った彼を背負う重みのーー迷惑なのに悪くない、そんな気持ちだったり……。アーサーといれば何かを得られる気がした。なんだか、連れていってくれるようなーーーそんな気がした。


「アルフレッド、俺は……お前を連れ戻しに来たんだ」

「連れ戻しに?」

アルは驚いた。まさか、アーサーがアルフレッドと知り合いだったなんて。

だけどどうして今頃になってそんな核心に触れてきたのだろう。アルフレッドはなんだか裏切られたような気持になった。

「アーサー、君は俺の幼い頃を知っているのかい?それなのにどうして今まで黙っていたんだ!突然俺の親にせっつかれたとか?一体ーーー」

アルフレッドは一体何から聞いたらいいのか分からなかった。それでも、ひとつだけどうしても確認したいことがあった。

「ーー君はもう、踏み越えるのが怖くないの?」


イギリスは、アルフレッドを一瞥するとこう答えた。

「俺はずっとお前に嘘をついてた。俺はアーサーじゃない」

そんなことは知っている。アルフレッドは改めてなんでそんなことを言い出すのか分からなかった。彼は、自分を受け入れたのだろうか。それで、改めて自分はアーサーじゃないと言ったのだろうか。

「俺はイギリスだ。グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国その人だ」

アルの口は空いたままだった。

「お前はアメリカ。アメリカ合衆国そのものだ。

俺はお前の…兄で、親で、そのすべてのなり損ないなんだ。イギリスの下で育てられたアメリカは、次第に自由を求めて離れていった。…要は、俺たちは歴史で学ぶ通りの関係ってことだ。

俺はお前をアルフレッドではなくアメリカに戻すために来たんだ。お前はアメリカの記憶を失って、アルフレッドという人間になりきってる。そこでアメリカの記憶を取り戻すためにこの大学に遣わされたんだよ。

お前の記憶を取り戻すために何が必要なのか、何が望みなのかずっと考えていた。それが多分、今日で分かったから打ち明けたんだ。

ーーーアメリカがアルフレッドを生み出したのには意味がある。アメリカは「自由の国」だ。だけども自由ほど難しいものはない。お前は自由を体現しなければならないのに、それそのものではない。だから葛藤したんだ。自由ってなんなのかってーーー。

アメリカの性格ならH大学に来ても工学・応用科学専攻を望みそうなのに、芸術・人文科学専攻……どうしてだ?ずっと分からなかった。だけど、思ったんだ。「アメリカは自由が何か知りたかったんじゃないか?」って。

アメリカにとって唯一自由にならないことは「国であること」なんだよ。だからそれをやめて、アルフレッドという人間になることで真に自由の意味を知れると思ったんじゃないか?そして、それは「誰か」が目を覚させてくれないと「答え」を知ることができない…。

アメリカ、お前は自由を追いかけ続ける者なんだよ。ーーー「生きることは考えること」古代ローマの哲学者、キケロの言葉が分かるか。考え続けること、それそのものが自由の国アメリカを示していたんだ。今回の忘却はその答えを得るためのものなんじゃないか?」

「そうーーーーなのかい…?」

アルフレッドの意識の片隅で、少しずつクリアになっていく自我があった。

ーーーアメリカは呆然として呟いた。

「自由とは、それを考え続けること…」


アメリカは顔をあげた。

「ーーー簡単すぎる人生に生きる価値などない」

「ソクラテスか。よく知ってたな」

「これくらい知ってるさ、ああでも、そうだな、大学でやったから…」

「……」

「ただいま」

「おう」

「うん」

「まあーーーこれで暫くは静かだな!いや、お前はうるさいけど、面倒なのは暫くなさそうだ」

「なんだい、別に来てくれなんて言ってないじゃないか。まったくお節介なんだから」

「なんだと!おまえはほんっとにかわいくないな!」

「別にかわいくなくていいよ。君の方こそ忘れられてて寂しかったとか言えばどうだい、人のせいにしないでさ」

「な、な、な!ちがう!!!!」

「ちがうの?じゃあ俺がいなくても平気なんだ」

「へ、平気かというとそれは、まあ、そんなわけはないが……ごにょごにょ」


アメリカは思わず笑みが溢れた。

なんて可愛い人だろうーーーー。

本当に素直じゃない。陰険で図々しくて、押しつけがましくて口うるさい。

努力家で秘密主義で見栄っ張り。おいしいものと可愛いものに目がなくて、人目を盗んでこっそり泣くようなずるい人。


「ねえ、また俺が答えを探しにどっか行ったら見ててくれよ。どうせ君はいるんだろ?口出ししないと気が済まないなら俺のこと、よーーーく見ててくれよ。君に見せたいんだ、俺の望む姿。俺の自由の答えを」

「そしたらまた答え合わせしてやる」

「それで批評もよろしくね」

「まかせとけ」

「あはは!」


ーーああ、やっぱり、俺には君がいないとダメみたいだ


ーーーー

これで終わりではない。アメリカが記憶をなくした真相はここではない。

実は、なぜ自分が記憶をなくしたかの理由はイギリスさんが言ったもので正解ではないのだ。その場の雰囲気に流され一件落着の様を見せたが、イギリスさんが推理を披露した時アメリカは納得してなかった。腑に落ちてなかった。

「自由とは、それを考え続けること…?」

俺は、本当にそれを求めてアルフレッドになったのだろうか?


アメリカの記憶が戻った日から時間がたつにつれ、あの日の結論への違和感が強くなっていく。そして、アメリカにはアルフレッドになる前の、渡英した時のことを思い出す。

なぜ自分は渡英したのか。

それは、イギリスさんに告白するためであった。

アメリカはイギリスさんに告白をして、その気持ちの記憶を奪われたのだった。

また、そうされるのが今回が初めてではないことも思い出す。

いつもならアメリカの記憶だけ消すのだが、あまりにも何度も好きになるから、自分にも問題があるのかと思って今回はイギリスさん自身の記憶も消したのだ。

だからイギリスさんはアメリカ君の記憶喪失が「またか」と感じるものの、意識的には初めてだった。また自分自身どうしてそうなったのか覚えていないのだった。


ただ、大学に通うアルフレッド君が現れたのは今回が初めて。

彼は記憶を消されることを思い出した告白前のアメリカが仕組んだもの。

もし自分が記憶をなくしたら、H大学の学生だと思い込むように用意した。

そんなことをしたのは、イギリスさんの断り文句がいつも「国」を理由にしたものだったから。ーーー俺が人間になったら問題ないのかいっていう。



ーーーーーーー


告白①

人間をたくさん殺してきたのは人間だ

国を最も殺すのは?

ーーーアメリカに告白された。あまりに倒錯してて笑ってしまう。

「お前は支配欲求を恋愛感情と思い違いしてるだけだ」


「俺は君と、支配被支配の関係になりたいんじゃないよ!君が嫌がるならそんなことはしない。君に国としての尊厳を捨ててまで従わせようなんて欲求は持ち合わせてないよ」

「…お前ってそんないい子だったっけ…。

いつだったか?あああれはベトナムだった」

イギリスは矛盾を突くように昔の話をした。

「俺が俺を保ちながらお前と行動を共にしようとした時。俺がお前のやり方に意見したら、なんて言った?


『俺は君に意見してないし嫌がってるのを強要もしてないだろ、俺に対してイエス以外の口出しをするな』


たしかに強要はしなかったな、だけど俺はお前との関係が悪くなって打撃を受けた。だから次の上司はお前になんでもイエスイエスだ。あれは、どういうことだったんだ?」

「昔のことを掘り出すのはやめてよ!あの頃は俺も必死で、上司に振り回されて荒んでた!今の俺はあの時とは違う!」

「分かるぜ、俺が言いたいのはあの頃の批判じゃない。その時の環境、立場で言い分なんかいくらでも変わるってことだよ。ーーーお前はあのころと違う。じゃあ未来のお前は?未来のお前が抱いてるそれは恋のままか…?」

イギリスは哲学を問うように尋ねた。


「俺はお前を信じられない。

自由を謳って出てった奴が俺を好き?

俺とはいられないって銃口向けた奴が俺を好き?

お前の自由って何なんだ。

ーーーーお前の気持ちが支配欲求じゃないなら同情だ。

自由に生きるにはお前は優しすぎる」


汚れをふき取るように、イギリスはその気持ちと記憶を拭い取った。


告白②

「お前のそれは支配欲求の勘違いだ」

前回のように否定される。


「あの時俺が従って嬉しく感じただろ?国の尊厳を踏みにじっていいのもこれまた国だ。……なあ、いいんだ」

「なに…」

「お前の好きなようにしていい」

「やめてくれよ!」


「俺は、後悔はしない。けど!それは反省してないってことじゃない!もう君とあんな風になるのは望んでない。認めるよ、確かに俺は優越を感じてた。かつて世界の頂点に立ってた人が、俺の独り立ちに文句を言ってた人が、俺が大国の導きを受けた途端に縋ってきたことを。その時の俺は、それで自分を確認できたし正義を信じてた。

でも今は違う。そんなやり方はおかしいんだ。俺は君と、ちゃんと、対等になりたいんだよ…

好きだから、

イギリス

好きだからさ

好きだ、すきだ、すき…


大切にしたいって思っちゃいけない?

良い子にしてるんじゃない。これも俺のやりたいことなだけだ」

「アメリカ…お前は、やっぱり、…」

優しすぎる。魔法をかける指先に爪を立てる。

「…俺なんかと全然違う」

「そんなの当たり前だろ。同じなんて一つたりともありえない、だからこそだろ?」

「違うんだ、違うんだ、俺は…」

お前と恋人になることが怖いんだよ。認めて踏みにじられるのが怖い。怖いと言えない自分。それを言ってこいつを縛るのか?この言葉が足かせになる。

「お前は踏みにじられたっていい覚悟がある、今だってお前を辱めたのに…

なんでそんなに好きなんだ…?俺のこと大嫌いなくせに…」

「大好きだよ。俺は、君を手放したいと思ったことはない。俺は…自由のために君に銃口を向けた。自由のために君を否定した。だけど、そうやって手にした自由で思うことは君のことなんだ。イギリスのことを大事にしたい。俺が君につけた傷なら、俺がそれを治したいんだ」

どうかな?と伺ってくるアメリカ。ーーー怖い。

お前、自由になって思うことが俺のことなのか?そんな、ひな鳥の刷り込みみたいな、呪いみたいな想い。

「自由に生きるには、お前は固執が強すぎる」


シミを抜き取るように、そのこだわりを、思いの丈を抜き取った。



ーーーー

そういったくだりをアメリカは思い出して、改めてイギリスに告白する。

そして忘れてしまっているのは君の方だと本当の記憶喪失者をあぶりだす流れ。


イギリスはアメリカに告げられた思いの数々、自分がしてきたことを思い出す。そしてアーサーとしてアルフレッドと過ごした時間と合体する。イギリスさんはアルフレッドの言動がアメリカの本心であることが分かるから…そう思わせたのが自分なのが分かるから…胸が苦しくなる。

自分も好きなのに信じられなかった。一緒になるのが怖かった。臆病な自分。

そんな自分に最大限応えようとしてくれたアメリカのいじらしさで胸がいっぱいになる。

いろんな気持ちが押し寄せて、涙になってこぼれる。


アメリカ君が慌ててハンカチで涙をぬぐうと、イギリスさんはその手をつかんでそのままアメリカ君の胸に収まる。


「お前の望む形で、そばに置けよ」

国だから、人間みたいに絶対はないけど

口先だけでも言ってやる

たくさん言えば

本当にならないだろうか…



そんな願いを込めてその一言を告げる。


アメリカ君もその気持ちが分かるから、黙ってイギリスさんを抱きしめる。


終わり


 
 
 

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