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残酷な神が支配するについて1/4

  • 執筆者の写真: 耳ず
    耳ず
  • 2020年9月2日
  • 読了時間: 25分


1992年から2001年までプチフラワーで連載された作品、『残酷な神が支配する』。この作品は、私の人生に影響を与えた名著です。私はこの作品が大好きで、以下のテーマに沿って論文もどきを書きました。以前ツイッターにあげていましたが、ツイッターは消してしまったので改めてブログに載せようと思います。


『残酷な神が支配する』のタイトルが示す「残酷な神」とはなんだったのか?


これはあくまでも私の一解釈です。温かく見守ってくだされば幸いです!

 ・本文引用にある/は作中で改行している部分です。

 ・日付は自作年表によるものです。


また作品を前後編に分けます。グレッグとの出会いからサンドラの死(一九九二年六月二八日~一九九二年一二月二五日)までを前編、彼女の亡くなった日から三年目のクリスマス(一九九二年一二月二五日~一九九五年一二月二五日)までを後編とします。後編については前編の考察の参考程度にしか触れません。

構成は以下の通りです。

一章 ジェルミの心境

二章 操作

三章 グレッグという人

四章 サンドラという人

まとめ




一章

 グレッグから逃れた後、ジェルミはリンフォレストを離れて、一九九三年二月一一日に父方のおばであるカレンさんの家へ、アメリカへ帰った。しかし、帰った先でおばさんの夫を三度誘惑し、薬物を吸い、二度ガス自殺未遂を起こして精神科へ入院する。それも脱走し、失踪したジェルミは身を売って生計を立てていた。

 彼はなぜ性的虐待から逃れた後も同じことを繰り返すような行動に走ったのか。ジェルミのように、性的虐待を受けた子供の後遺症の一つに「売春行為」がある。吉田タカコ氏の『子どもと性被害』 ではこの理由について以下のように述べている。


 多くの被害経験者は、自分を大切にして生きるのが苦手だ。「自分は汚れている」「自分が悪い」「自分には価値がない」と思い続けてきたからだ。だからこそ、彼女ら・彼らは、自分を粗末にする行動をしてしまうのである。

 また、被害経験者には、人間関係でのつまずきを訴える人が多いという。繰り返し性暴力に遭ったり、暴力を振るうパートナーを選んでしまったり、あるいは次々と相手を換えては、強迫的な性行為を繰り返すこともある。

「被害に遭ったつらい経験があるのに、どうして同じ人間関係を繰り返すのか」と疑問に思われるかもしれない。しかし、心と身体に土足で侵入され、信頼した人間に裏切られる経験をすると、人と適度な距離を置くとか、親密な関係を築く、といった人間関係の境界線がうまく設けられなくなってしまうことがしばしばあるのだ。


 また、西澤哲氏の『子ども虐待』 では「トラウマの再現性」の中で以下のように触れている。


 虐待を受けた子どもの「再現性」は、「虐待的人間関係の再現」もしくは「再被害化傾向」という現象としてあらわれる場合がある。

親から身体的な暴力を受け、それがトラウマ性体験になっている子どもは、保護され、施設に入所してからも、子どもを養育する立場にある施設のケアワーカーなどの大人に対して、無意識のうちに――つまりトラウマ性の反応として――その大人の神経を逆撫でするような挑発的な言動を示し、その結果、怒りや暴力を引き出してしまう傾向がある。

 こうした再現性は、身体的虐待のみならず性的虐待の場合でも同様にみられる。性的虐待を受けた子どもが、無意識のうちに性的に挑発的になり、別の人からの性的被害を「呼び込んでしまう」ことも少なくない。


 現状から逃れれば元通りになるわけではなく、虐待は被害者のその後の人生に大きく影響する。ジェルミの問題行動が、半年間受け続けた性的虐待に起因していることは間違いない。ジェルミは元々どのような子どもであっただろうか。

 彼の半年間を時系列に沿って三つに分けた。

①サンドラの結婚

②イギリス行き

③逃げ場の存在

 三項目は特に長いので、九月、一〇月、一一月、一二月に分けて考察する。


① サンドラの結婚

一九九二年六月末マサチューセッツ州ボストン、アメリカ国旗のはためく一コマから事は始まる。自転車にまたがり、彼女のビビの下へ近寄るジェルミ。これからボランティア活動なのだ。彼の動きやすそうなラフな服装から快活なその性格が伺える。活動で離散する前にジェルミは彼女であるビビを泊まりの旅行に誘う。


『あたし実はバージンなんだ』

「実はぼくもそうなんだ」(一巻、十五頁六コマ目)


 この旅行で性的接触が起きるかもしれないということを示唆する上記のやりとり。顔を寄せ合いほころばせる二人はこうした行為に期待し、また前向きな印象を抱いていることが分かる。そして、その喜ぶ姿から健全な青少年の印象が与えられる。

サンドラの勤めるアンティークショップへ郵便物を届けに寄ると、グレッグが桜の鍔をほしいと怒鳴っている最中であった。入れ替わる様にジェルミはサンドラの下へ行く。客を逃したねと謝るジェルミにサンドラは、威張った客で困っていたのよとお礼を言った。外からまだこちらを見ているグレッグに、「あらやだ」とサンドラが声をあげるとジェルミはフォローしに外へ出た。桜の鍔が非売品である理由を代わりに説明するジェルミは、優しい性格だと言える。その理由がサンドラを怖がらせないためか、お客の気分を和らげさせるためかは分からないが、店員でもないのにそうした行動に出るのは気配りができるということだろう。

「桜の鍔を手に入れるまで帰らない」とグレッグの宣言を受けたジェルミは、食事の際にサンドラと鍔の話をする。手づかみでピザを食べ、砕けて話す二人は仲のいい親子なのだ。亡くなった父のコレクションを出して「二つで一組のデザインなら私がほしいわ」と言うサンドラ。その様子から、決して亡き父は、会話上でタブーな存在ではないことが分かる。ジェルミも気軽に、七月にケープコッドへ友達と何日か遊びに行く、という話へ変えている。ジェルミが友達とだけで連泊することにサンドラは問題視することなく、この時期はホテルがとりづらいが空きはあるのかと声を掛ける。

友達とのボランティア活動中、落第生のキャスがバイクで通りがかる。ヤクと売春をしていると噂で、話題は自然そうしたことに移る。


『見るからに普通でさ/美人の奥さんと/子供がいてさ/サラリーマンで/時どき/男を買いに行く隠れホモがいるんだ』『へー』「仕事しろよ」

『おまえなんか/まつげ長いから/ユーワクされるぜ/ジェルミ』

「ばか/ぼくはビビと/ケープコッドに/行くんだ」(一巻、二九頁一、二コマ目)


 友人はジェルミをちゃかし、ジェルミも馬鹿げたことだと軽くいなす。キャスと対比してジェルミは、そうした世界とは無縁の世界に生きている。

アメリカ独立記念祭前日の七月三日、家に来たグレッグをジェルミはサンドラと快く迎える。父のコレクションを見せる約束をしたのだと説明するサンドラは、テーブルに手作りのクラムチャウダーを運ぶ。そんなサンドラの横顔を、母の横顔をジェルミは見つめていた。サンドラはグレッグを、ボストン滞在最後にと、明日の独立記念祭のパレードに誘う。当日ジェルミは、支度をするサンドラに綺麗だと声を掛ける。


「彼と結婚するのかと思った」(一巻、三十三頁四コマ目)


 過去形であるのは、サンドラがグレッグに恋心を持ち、そう考えているにも関わらず、もう諦めてしまっているのが分かるからだろう。ジェルミはそんなサンドラの気持ちを理解し、サンドラの首に最後の仕上げであるネックレスを付ける。そのため、パレードから帰ってきた二人が、結婚報告をするとジェルミは驚いて、自らグレッグの手を握った。


『夢みたい……』「サンドラよかったね」『結婚するのよ……/夢みたい……』「おめでとう!」

『ああジェルミ!』(一巻、三六頁六コマ目、三七頁一,二コマ目)


 ジェルミはサンドラの歓喜を汲み取って祝い、抱擁し合う。ジェルミにとってサンドラの喜びは自分の喜びなのだ。


〈ぼくは/ボストンっ子で/よその土地は/知らないし/結婚する/サンドラに/ついてくほど/子供じゃない/ビビと/離れるのもいやだし……/一人暮らしも/いいな/もう十六だし〉(一巻、三八頁一,二コマ目)


七月七日、自転車で帰宅途中、ジェルミはこんなことを思い浮かべる。その表情に重いものはない。ジェルミは一人暮らしをしてもそれがサンドラとの間で問題にならないと思っているのだ。二人の信頼関係は厚いといえるだろう。家に入る直前、そばに停車したグレッグからドライブの誘いを受ける。なぜ母を名前で呼ぶのかグレッグが尋ねると、父と名前が同じで声色も似ていたから、名前を呼んでどちらか当てるゲームをしていたのだと幼少期を話す。父はジェルミが八つの頃に亡くなり、以降サンドラの希望で、名前で呼んでいるのだ。ジェルミは名前で呼ぶ理由を話してから、会話の中でサンドラと呼ぶのをやめて「母」と呼ぶ。これは、再婚相手の息子が母を名前で呼んでいたら不快に思うかもしれないと考えてのことだろう。ジェルミはこの場に「サンドラの息子」として、「母の再婚相手」と結婚がうまくいくよう居るのだ。前にも触れたとおり、ジェルミはサンドラの結婚後はイギリスについていかずにボストンに残るつもりだ。つまり今はサンドラを、幸せにグレッグのもとへ送るための期間なのだ。

ジェルミも一緒にとロンドンへ誘うグレッグを、やんわり断ろうとすると、グレッグは愛してるとジェルミに口づけた。ジェルミは驚き、二人とも愛していると言うグレッグの車から、飛び出して家へ逃げかえった。家では、婚約が解消されたと悲しむサンドラがおり、ジェルミはグレッグとの結婚をやめるようまくしたてる。グレッグと喧嘩したのか尋ねるサンドラに、ジェルミは便乗してグッレグに何をされたか言わずに反対する。これは、自身が言いたくないだけでなく、サンドラを気遣ってのことだろう。そんなことを聞けば婚約解消で混乱しているサンドラを、余計に追い詰めてしまう。謝って来てとせがむサンドラに、ジェルミはただ一貫して反対した。


『幸せに/なれると/思ったのに……

/あんな/いい人を…/……/怒らせたの/ね…』

「あいつはよせよ/もっといい男が/いるよ/あんなやつより/……」

『愛してるのに/……/本気で/愛したのに/……/グレッグ/もう……/……/おしまい……よ…』(一巻、五〇頁二,三,四コマ目)


ふらつきながら二階へ行くサンドラに、ジェルミは待ってと言いながらも言葉をかけられずに見送ってしまう。ジェルミはグレッグを反対する理由を、されたことも言わずに説明できないのだ。夜中に台所をうろつくサンドラの物音に、自室からジェルミは耳を澄ませながらグレッグのことを思い返す。冗談かもしれない。でもあれが本性なら…と結婚反対の意思を強める。ジェルミはサンドラの幸せを願っているのだ。夜遅くまで起きてサンドラの動向を気にするのは心配してのことだろう。ジェルミが母思いの子どもであることが分かる。物音が静かになった夜中の三時、ジェルミが一階へ降りると、ガスの臭いに気が付いた。台所へ慌てていけば、うつ伏せに倒れるサンドラの姿があった。


〈結婚に/反対なんか/するんじゃなかった/サンドラが/夢中に/なってるのを/知ってたのに/サンドラに/あんなことを/いうんじゃ/なかった/もし/サンドラが/死んでしまっ/たら/それは/ぼくが/殺したんだ〉(一巻、五五頁) 


 ジェルミは一転自分の行いを後悔する。サンドラの生死に深く責任を感じているのだ。というのもジェルミが十歳の頃サンドラは自殺しかけたことがあった。父の死後親しくしていた男友達が、結婚の際にジェルミが付いてくるのを嫌がり決別したショックでだ。


〈どうして/ぼくが/ぼくの/存在が/サンドラを/何度も/追いつめる/のか〉(一巻、六三頁四コマ目) 


ここから、サンドラの幸せをいつも自分が邪魔していると思っていることが分かる。ジェルミはサンドラの入院先の先生に、グレッグがいた方が回復は早いだろうと言われて、連絡をとることにする。グレッグに電話を繋ぎ、サンドラの自殺未遂のことを伝えると、会いに来てほしいと頼む。するとグレッグは、ジェルミが自分を怒って嫌う以上行けないと答える。ジェルミはもう怒ってないこと、仲直りすることを伝えて、サンドラとの結婚を許した。彼は自分の存在がサンドラの妨げになっている罪悪感から、自分の気持ちを我慢したのだ。グレッグは明日病院へ行く約束をする前に、ジェルミにセイラムへ一緒に行こうと交渉する。セイラムへ一緒にいくとはどういうことなのか。ジェルミはその意味を理解して、無理だと拒絶する。グレッグは拒まれては会いに行けないと、電話を切ろうとする。ジェルミはグレッグを引きとめ、一度きりでもセックスしたいというグレッグの要求を呑んでしまう。しかし、無理だと言ったように、そんな関係では到底家族の幸せは得られないし、これがおかしなことだということも理解している。拒絶したいけれど引き留めるためにはやむを得ない、そんなジェルミの葛藤がここで描かれている。

七月九日、グレッグは病室でサンドラに謝罪し、二人で幸福になろうと再び婚約を結ぶ。サンドラは感極まるといった様子でジェルミにお礼を告げる。そんなサンドラに、手放しでは喜べないが一安心はしたという、ジェルミの絶妙な表情が描かれている。

 ジェルミは、セイラムでグレッグと事に及んだあと、帰宅してすぐにシャワーを浴びた。石鹸で手洗いし、スポンジで体をこすり、バスタブにまでつかる姿は行為への嫌悪感と不快感を表している。ジェルミは、男相手に売春していると噂のキャスと自身を重ねる。


〈あいつに/好きなように/体を/支配されて/ぼくは/知る/ぼくの体が/征服され/支配され/ 

ぼくの骨が/きしみ 肉が/熱を持ち/悲鳴をあげて/落下していくのを/知る/ぼくは汚い/汚い―――〉(一巻、九一頁二,三,四コマ目、九二頁一コマ目)


ジェルミはサンドラの結婚事態には賛成していたが、グレッグの本性を知り絶対に結婚させないと意を固めた。しかし、サンドラの自殺未遂を経て、グレッグに結婚をお願いするよう転じてしまう。かつてにも同じようなことがあったのを思い返し、自分の存在がサンドラを追い詰めたことに罪悪感を覚えたためだ。二人の結婚には、グレッグに体を開くことが必要であった。二人は再び婚約を結ぶが、ジェルミはそのために体を明け渡した自分を深く嫌悪した。


② イギリス行き

七月一五日、サンドラのお見舞いとグレッグの片腕、副社長ジョンとの顔合わせを済ませる。その病院帰り、ジェルミはグレッグがセイラムへ車をまわしていることに気付き反抗する。キスを仕掛けてきた腕から逃れて車外へ逃げるも、ジェルミは先回りされてしまう。車は目先で停車し、ジェルミは帰れと頭で念じるが、脳裏に血みどろのサンドラが浮かんで搭乗してしまう。


〈どうして/ぼくなんだ/どうして/ぼくが/彼の/いいなりに/ならなきゃ/ならないんだ/サンドラは/明日/退院する〉(一巻、一一三頁三,四,五コマ目) 


 ジェルミは前回と同様に、自分の気持ちとは真逆の行動にでてしまう。血を流すサンドラのイメージは、またサンドラが自殺してしまうのではないかという彼の不安を表している。明日退院すると、車に乗ってしまう行動からもサンドラを危惧する心情が読み取れる。明日になればサンドラは元気になり、自分は今だけ我慢すればいいという気持ちが見えるようだ。セイラムのホテルの一室で、グレッグはジェルミに対し、本当は自分のことが好きなのだろうと尋ねる。ジェルミは苦々しい顔で憎いことを告げ、自分にサンドラを裏切らせ、グレッグもサンドラを裏切っていることを責める。グレッグは裏切りを否定し、ジェルミはサンドラの為に協力し、自分はサンドラを愛しているのだと話す。ジェルミは続けて、一度きりの取引だったことを責める。サンドラのためだと言うグレッグの言葉を否定しないジェルミからは、彼女の為に彼女自身を裏切る行為をしている自分とグレッグに嫌気がさしていることが分かる。ジェルミはサンドラの幸福を妨げる罪悪感から、グレッグの要求を受け入れて引き留めたが、今は引き留めたことによって裏切っている罪悪感に苛まれている。

取引が一度きりだったのならば、帰ろうかとグレッグは声をかけ、帰って良いのかとジェルミに尋ねる。ジェルミは、サンドラはどうなるのかと言葉を詰まらせた。


『きみは/サンドラのために/わたしに/頼むのだろう?/そう/頼むのだろう/?』「……/か……/帰らな/……いで」『いい子だ』〈この/ゲス野郎!/この/うそつき野郎/変態の/最低野郎!〉(一巻、一一八頁二,三,四、五コマ目、一一九頁一,二,三コマ目)


 ジェルミは罪悪感の板挟みになり、このような状況に嫌悪しながら打開策が見つからないまま言うことを聞く。ジェルミは気持ちと裏腹の行動にでざるを得ないのだ。このように、サンドラをダシにグレッグがジェルミを操作する動きは今後の定型となる。

サンドラの退院祝いに、サンドラとグレッグはナンタケット島へ七月十八日から二週間、旅行へ出かけることとなった。


『ジェルミ/いろいろ/心配させて/ごめんなさい/ね…… /ふがいない/母親で…/苦労でしょ/おまえも』「そんなこと/ないよ/サンドラ/!」『愛してるわ/ジェルミ/心配させて/許してね……』〈サンドラ/サンドラ/ぼくは/……/ぼくは/……/共犯者だ/グレッグの〉(一巻、一二一頁三,四,五,六コマ目、一二二頁一コマ目)


 この「共犯者」という言葉から、ジェルミがグレッグとの行為だけでなく黙って隠していることにも後ろめたさを感じていることが分かる。そのためか、愛してると言うサンドラに抱き返すことで答えている。二人を見送った後、ジェルミはグレッグが家に飾った花を捨てやろうと荒々しくつかむ。しかしめまいに襲われ体が動かなくなる。電話も無視して一人で耐えているとビビが家を訪問する。電話をしても出ないので心配して来たのだ。ビビの淹れてくれたココアを飲んでゆったりベットに体を預けるジェルミは、冷や汗もなくリラックスしている。緊張の緩和した様子から、ビビがジェルミにとって落ち着く存在であることが分かる。ベットに入って話をしたいというビビを隣に、二人はキスを交わす。しかしジェルミはグレッグとのキスを思い出し冷や汗がぶり返す。服を脱ぎ、その先を行おうとするが、その度にグレッグとの行為がよぎり荒々しく息を吐いてベットにうずくまってしまう。ビビはベットに入ったことを謝り、キライにならないでと告げる。ジェルミはビビをなだめ、愛していると手を握る。ここでジェルミが、愛していると言えたのは、ビビに愛していると言うことに戸惑いがないからだ。同じ言葉をサンドラにいわれた時に返事が出来なかったのは、ジェルミがサンドラに同じ言葉を返すには戸惑いがあるということである。

〈ごめんビビ/すてきなビビ/きれいなビビ/ぼくは/きみに/ふれて/――/きみを/汚しそうで/こわい〉(一巻、一三一頁一、二、三コマ目)


 汚すという言葉から、ジェルミがこうした触れ合いにおいてマイナスなイメージを抱いていることが分かる。ジェルミは元々こうした行為にはプラスなイメージであったが、グレッグとの裏切りや罪悪感に塗れた行為によって、良くない印象が強くなってしまったのだ。

 七月二五日に旅行から帰ってきたサンドラは、明日グレッグがロンドンに帰ることを知らせる。


『本当は/わたしをこのまま/イギリスに/連れていきたいって/いうんだけ/ど……』「いいじゃ/ない!/行けば?/そして/早く/結婚しなよ!」『結婚は……/まだ先よ/早くても…/9月ぐらい/かしら』「どうして?/結婚の/届けを/出せば/すぐだよ!」(一巻、一三三頁一、二コマ目)


 結婚を急かすジェルミからは、グレッグと早く関わりを断ちたいという気持ちが見える。また、それがサンドラにとっても良いことだと思っての言葉だろう。イギリスへの転入手続きもしなければと言うサンドラに、ジェルミはイギリスには行かないと主張する。ロンドンとボストンで離れれば安全だと考えているのだ。イギリス行きを食い下がるサンドラに、ジェルミは声を張る。


「グレッグは/サンドラと/結婚する/んだよ!/ぼくは関係/ないだろ!」『……/そんなに/グレッグが/キライなの?』「違うよ/…!/ぼくは…/ボストンっ子/だから…!/ボストンを/離れたく/ないんだよ…!」(一巻、一三四頁四、五、六コマ目)


 いざ嫌いなのかと聞かれると否定するのは、ジェルミが、サンドラの邪魔になることを恐れているからだろう。サンドラの幸せを奪って、不安定にすることがサンドラの命を危ぶむと経験上知っているからだ。サンドラは、ジェルミの一人暮らしに一貫して反対した。

 へそを曲げたサンドラがシャワーへ行くと、グレッグからジェルミに会いたいという電話が来る。ホテル・リッツの宿泊室で待っていると言うグレッグに、誰が行くかと食って掛かるが、セイラムでのことをサンドラに話すと脅されて、ジェルミはホテルへ向かう。グレッグはジェルミを迎え、手を伸ばす。ジェルミはその手を叩き落して、サンドラに言うなら言えと叫ぶ。強気に出たジェルミにグレッグは膝を曲げて謝罪するが、ジェルミは信用できないとそのまま帰った。


〈サンドラに話そう/話そう/もう/いやだ/ずっと/サンドラを/裏切り/続けるのは/いやだ/落ち着いて/話せば/サンドラだって/わかって/くれる!/サンドラだって/あんな男と/結婚すべきじゃ/ないんだ!〉(一巻、一四三頁二、三、四コマ目)


 帰宅するとサンドラの口から、電話がグレッグからあったことを聞く。強く心臓が跳ね、ジェルミはひどく緊張して青ざめた。グレッグが何と言ったのか、彼の言ったことは信じないでほしいと願うジェルミと裏腹に、その内容は明日空港まで見送りに来てほしいというものだった。ジェルミは緊張がどっと抜け、唖然としてしまう。そんなジェルミの様子をサンドラが伺うと、ビビと喧嘩したからと嘘をついて誤魔化した。サンドラに全て話そうと意気込んで帰ってきたのに、ジェルミはグレッグからの一報で、またサンドラに嘘をついて隠してしまったのだ。自ら作った告白のきっかけは、ジェルミに話せないことを痛感させる出来事となった。ジェルミは、サンドラが知ったらどれだけのショックを与えるか考え、知られることへの不安を大きくした。

 七月二六日、グレッグがイギリスへ帰国した後、解放感を感じながらジェルミはビビと会う。グレッグとのことは忘れよう、もう終わったことだと片付けようとする。ジェルミは来週八月二日から二週間キャンプに行くため、ビビはジェルミと会えなくなることを残念がった。その様子を見てか、ジェルミは週末一泊でどこかへ行こうと誘いをかける。これは、ジェルミの優しさからだけでなく、自身のビビといたい気持ちからでもあるのだろう。ビビは誘いに胸を躍らせて、セイラムの近くにあるバンガロー風シーサイドホテルを提案する。ジェルミは動揺し、いやらしそうで、バンガローなんて嫌だと答える。グレッグとのことを忘れると決めた矢先、セイラムやバンガローと言った単語で彼とのことを思い出してしまう。行ったことがあるのか尋ねるビビに、どもりながらあるわけないと強く否定する。震えるジェルミは、怯えている様にとれる。それはグレッグをとのことを思い出し、そういったものには近寄りたくない気持ちがあるからだろう。また、誰にも知られてはいけないという恐れからとも考えられる。ジェルミはこれらの気持ちから、出来事を想起させるものに対して過剰反応になっていた。

 突然語気を強めたジェルミに、ビビは不信感を抱く。ジェルミはホテルではなく、ビビの部屋に行きたかったのだと誤魔化して、キスをする。ビビはそのキスがいつもと違うことに驚き体を離す。戸惑いながら誰かに教わったのか尋ねると、ジェルミは誰にも教わってないと三度繰り返し否定した。目を見開き、冷や汗をかく身体は、こわばってか震えている。顔をそむけるジェルミに、ビビは他に好きな人が出来たのだと考えて涙を浮かべる。ビビの考えにジェルミはめまいがして、目頭を押さえる。過剰に反応し否定する姿にも、図星を指したと感じてビビは帰ってしまう。ジェルミは仲直りするためにビビに電話を掛ける。


「好きだよビビ/ほんとに…/ごめん…」『ジェルミ/あたしも好きよ/だから…/ウソは/いやなの/ジェルミ』(一巻、一六四頁二、四コマ目)


嘘をつかないでと牽制するビビに、ジェルミは、キスは映画の影響だと嘘で返す。質問をすると間を置くジェルミに、嘘が下手だとビビは涙を浮かべる。それまでジェルミは嘘をつくような人ではなかったのだ。ビビは見えない第三者を感じてジェルミの言葉が信じられず、ジェルミも看破される嘘しかつけずに終わってしまう。


〈ちくしょう/ちくしょう!/あんなキス/するんじゃ/なかった/どうして/ぼくは/覚えたんだ/いつのまに/グレッグの/キスを〉(一巻、一六五頁四、五、六コマ目)


 サンドラとグレッグの関係を取り持つためにしたことが、それ以外の場面で影響した初めてのシーンである。ジェルミの思わぬところで、グレッグは暗い影を落としていることが分かる。恋人を傷つけないためにする嘘が、嘘をついていることで相手を傷つけ、自分も傷つけてしまっている。サンドラとも、嘘をつくことで自身を傷つけており、サンドラに対して裏切っていると傷つけることを自覚している。ジェルミは矛盾に挟まれて苦しむ。

 八月二日、サンドラはイギリスに慣れるために二週間の旅行へ出た。ジェルミも二週間キャンプのアルバイトに出る。ジェルミはボストンに残るつもりでビビとどう仲直りするか思案する。嘘はいやだと言うビビに、嘘をつくしかないとジェルミは思い耽る。キャンプ場で、偶然売春をしているキャスと一緒になる。仕事の最中ジェルミはキャスから、あのおやじから金を貰っているのか声を掛けられる。手元を狂わせてものを倒してしまったジェルミは、本当に嘘をつくことが苦手なのだと分かる。キャスは、七月一五日にグレッグの車から逃げて、車に乗り込んだ一連の流れを見ていたのだ。ジェルミは人違いだと緊張した様子で否定し、そんなことを言うキャスを非難する。また思わぬ場所でグレッグを引きだされたことに、ジェルミは精神的重圧を感じる。


〈胃が痛む/ビビ…/どうしてる/だろう/ビビに/会いたい/会って/あやまったら/心から/あやまったら/許してくれる/だろうか/胃が痛い〉(一巻、一七二頁一,三,四,五コマ目)


 ジェルミは以前、ベットに入ってきたビビと先に進もうとして、汚してしまいそうで怖くなり中断したことがある。ジェルミにとってビビは汚れのない存在であり、唯一の癒しなのだ。それは、胃が痛む今の状況と前回が類似していることから分かる。ジェルミの体調不良時にビビは現れて安らぎを与え、今もジェルミはビビを求めている。

キャンプでアルバイト中、ジェルミはキャスが人違いではないと分かっていながら追求してこないことや彼の家庭事情の荒み具合を知る。二週間が終わり、帰るジェルミをキャスは近くの駅まで車で送ると言う。ボストンまで送ってもいいと言うキャスに、駅まででいいとお願いする。ボストンまで送るのを断ったのは人目につきやすくなるからだ。ジェルミは自分が、キャスとは違うと思っていること意識した。かつて、ジェルミにとって、キャスのような世界は無縁で馬鹿らしいものであった。しかし今は、そこから決して無縁ではなくむしろ近い位置にいることを理解しているのだ。まだ同じだと思いきってないのは、キャスはもう戻れないが自分はまだ戻れると思っているからだろう。

 八月一六日、自宅に帰ってゆったりしていると、電話が鳴った。サンドラも帰る頃なので、サンドラかと電話にでるとグレッグからであった。サンドラは旅行の疲れが出てか、昨夜病院に入院し、明日には退院するので帰りが三、四日日遅れるという旨だった。ジェルミはサンドラの入院に驚き、容体を心配をする。サンドラが体調を崩したり、不安定になることにジェルミは過敏になっていた。話は変わり、グレッグから八月一四日に結婚式を挙げたことを知らされる。ジェルミはなんともいえない気持ちでそれを祝う。グレッグはその時の多幸感やサンドラの美しさを語ると、ジェルミと起きたことは一時の混乱や気持ちの横滑りだったと、忘れてくれるよう頼む。ジェルミは気の迷いだと言うグレッグに不信と怒りを感じたが、彼の頼みを了承した。


〈忘れる/ぼくも/忘れたい/あいつの/手を/あいつが/ぼくの体に/彫りこんだ刻印を/彼の/キスを/早く/忘れたい/あれは/取り引き/だったんだ/そしてもう/終わったこと/終わったこと/なんだ〉(一巻、一八六頁、三コマ目)


 ジェルミはグレッグを責め立てることも訴えることもしなかった。これは誰にも知られてはいけないと思っているからだ。大事にすればバレてしまうため、ジェルミは渦中であっても、終わった後でも話すことは出来ない。そのためにジェルミは忘れるよう言うグレッグに賛同したのだ。一八六頁では忘れるという言葉が繰り返され、もう終わったと念を押すように二度繰り返される。それは、忘れることが出来ると自分に言い聞かせるようでもあった。

 八月一七日、ジェルミはビビと仲直りに再会する。ビビは頭がもやもやしてデニスとデートしてキスしてしまったことを打ち明ける。ビビはそんなことをした自分に気が晴れず、全部聞いた方がスッキリすると告白を迫った。それを受けて、ジェルミはグレッグの名前と母の婚約者であることは伏せて、本当のことを打ち明ける。それを聞いたビビは余計に混乱し、受け止めきれずに顔を手にうずめて泣いた。


『きけばきくほど/ジェルミが……/知らない人に/なっていく……/どうして……/変わっちゃったの/ジェルミ……』

〈ぼくは/バカだ/バカだ/大バカ野郎だ/ビビを/傷つけた/だけだった/話すんじゃ/……/なかった…!〉(一巻、一九五頁、一九六頁一コマ目)


 ジェルミはビビに嘘をついたことで彼女を傷つけてしまったので、本当のことを打ち明けたが、それによってより深く傷つけてしまったことに後悔する。ジェルミは嘘で傷つけるよりも本当のことを話す方が、それが事実なだけに苦しいことを知り、尚更口を堅くした。自分を酷くののしる様子から、二度と言わないという決意が見えるようだ。

 ジェルミはその夜、学校で自分がキャスと付き合ったり男とホテルに行ったりしている噂が流れる夢を見る。新学期の学校での生活に不安を覚えていることがくみ取れる。また、この夢によってジェルミはさらに、後悔の念を強くした。

 同日サンドラから、元気になったので明日帰るという電話を受けた。イギリスの素晴らしさを説くサンドラに、あいつのいるイギリスなんてと思う。しかしイギリスの情景を想像するその顔は、新学期の不安からか興味があるようである。

 八月一八日に帰ってきたサンドラは、赤茶っぽい金髪を白っぽい金髪に染めていた。ジェルミは少し会わないだけで変わるサンドラに驚く。イギリスでのことを聞いていると、ジェルミはグレッグの家族のことで言葉少なになるサンドラに気づく。ジェルミはサンドラの不安げな様子から、イギリスに行こうかと言ってしまう。「~してみようかな」という言い方から分かるように、まだお試しのつもりで言ってみた程度なのだろう。またこのような発言をしたのは、現状に不安を覚えて一つでも選択肢を増やしたい気持ちからもあるだろう。サンドラからこのことを聞きつけたグレッグはジェルミに電話をよこす。サンドラが新生活に慣れるまではいようかと思っていることを告げると、グレッグはジェルミを心強いと歓迎する。ジェルミがイギリスに来るということで、グレッグはジェルミに、あの取引はサンドラにも自分の家族にも黙っていてほしいとお願いする。ジェルミはむっとして、グレッグがしたことの一部を責めるように話す。グレッグは動揺した声色でジェルミに黙秘を懇願した。


〈忘れようという/グレッグ/話さないで/くれという/グレッグ/家庭を守り/名家の名を/惜しむ/グレッグ/もう/この男を/恐れることは/ないんだ/ジョーカーは/ぼくが/握っている〉(一巻、二〇四頁二、三コマ目)


 ジェルミは突けば下手に出て恐れる様子のグレッグに、もう怖がることはないと確信する。イギリスでは、サンドラや家族にバレないよう立ち回らなければならないのだから、グレッグのほうが不利である。ジェルミは自身の経験からもあるだろう自信から、自分が優位に立てるだろうと、あれほど拒絶していたイギリス行きを確定した。


 
 
 

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Xでみかけてから気になっていた「狂四郎2030」の試し読み部分だけ各巻読んでいるのですが、なんというか、この作品は人の悲しみや劣等感、恐怖心を思い出させてくれますね。 私は自分が描く漫画の中で、エゴやすれ違い、孤独を大事にしているのですが、今後もっと劣等感や恐怖心を前に出した漫画を描けるようになりたいなあと思いました。 と同時に自分は「優しさとはなんぞや」というのを常にテーマとして持っているので、

 
 
 
12/26

クリスマスも終わりましたね…一気に年末感が出て来ました。あと6日のうちにアメリカくんが出てくるところまで更新できるのでしょうか…………?! 話は変わりますが、Xについてです。なんか投稿した画像すべてにAI加工ができるようになったらしいですね。 らしいですね、というか自分の絵で試してみたのですが、これはすごいですね〜。 カラーにしてとかクレヨン風にしてとかなんでもござれですね。 私は無断転載・AI学

 
 
 
12/19

前からアロマキャンドルに興味があり、そんな折に友達からアロマキャンドルをいただきました。 それぞれ違う方からいただいて、今2個あるのですが、火をつけるための道具がありません。(線香を持っているのですが、それはガスコンロの火でつけていました笑) マッチを買おうとスーパーに出かけたら売り場に見当たらず、店員さんに聞くと「サービスカウンターで売っている」と言われました。 火気だから厳重に取り扱っているの

 
 
 

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