残酷な神が支配するについて2/4
- 耳ず

- 2020年9月2日
- 読了時間: 30分
③ 逃げ場の存在
・九月
一九九二年九月一日夜。ジェルミはサンドラと共に、ロンドンの空港でグレッグに出迎えられる。グレッグは家の準備が終わってないからと、二人をヒルトンホテルへ案内する。一泊してからグレッグの屋敷を訪れると、屋敷のカーテンはサンドラの好きなサーモンピンクに変わっていた。ハンカチなどの小物には、サンドラのイニシャルを入れられており、手の込んだ歓迎にサンドラは感激した。部屋割りを案内し、グレッグの家族である長男イアン、次男マット、前妻の姉ナターシャの紹介を済ませると、各自解散し、ジェルミはサンドラが寝床についてから充てられた自室へ帰った。するとグレッグが部屋を訪問し、鍵を閉めているにも関わらず入室してきた。グレッグは合鍵を持っているのだ。ジェルミが鍵をかけようとかけまいと、グレッグの侵入を阻むことはできず、ジェルミは自分の部屋でさえも安全を守ることは出来ないと知る。ジェルミは触ろうとしてくるグレッグに、手を出さないと約束したことを詰り、出ていくよう指示する。しかし、グレッグは出ていくそぶりを見せたかと思うと内鍵をかけて、再びジェルミに迫った。ジェルミには意味のない鍵が、グレッグには退路を閉ざす意味で役割を果たしている。また、ジェルミが充てられた部屋は、西の端でサンドラの部屋からも遠く、人通りも少ない。そして前室を挟んでいることで声が漏れにくくなっており、グレッグがジェルミを支配するには優位な場所となっている。つまり、ジェルミにとっては最も助けを求めにくい場所となっているのだ。ジェルミは、サンドラに言うぞと脅してグレッグに抵抗する。しかしグレッグは、それを逆手にサンドラがどれだけ傷つくか、ジェルミの罪悪感を刺激して彼を手込めにした。ジェルミはビビに告白した時の傷ついた顔を覚えていたため、サンドラの表情がありありと想像できた。扉を背に押しつけられたジェルミは、グレッグにされるがままとなってしまう。ジェルミが扉に背を向けていることは、すぐ近くにある逃げ道も選択を閉ざされていることの比喩であり、「背を向ける」という言葉の意味から行為が意に反したものだということを表しているととれる。扉は、この閉ざされた空間の入り口、始まりを意味しているからである。
昨夜のことがあり、ジェルミはアメリカに帰ろうと、パスポートと通帳を探すが見当たらなかった。サンドラに尋ねれば、グレッグに預けたのだという。ジェルミはグレッグにパスポートと通帳を管理され、経済的退路も断たれてしまった。ジェルミがイギリスに来たのは、サンドラが心配だったからであり、彼女と違って移住するためではない。ジェルミにはアメリカにいつでも帰れる自由があったはずだが、その自由も奪われ、アメリカへの逃げ場は失われてしまった。憤り、庭へ駆け込むジェルミをグレッグは追いかけて、帰ったらサンドラの幸福を保証しないと告げた。サンドラは、訪問したナターシャの対応をした後にジェルミをなだめた。そして、もしアメリカへ帰るつもりなら自分も帰ると告げた。ジェルミは訝しがりながら、グレッグと別れられるのかサンドラに尋ねた。サンドラは泣きそうな顔をして、ジェルミにいじめないでとお願いした。サンドラの悲しむ態度を見れば、ジェルミが強く出られないことは一目瞭然であった。ジェルミは、一、二項目で述べたように、サンドラの幸せを阻んでしまうことに罪悪感を持っており、幼少期の経験から彼女を失うことに強い恐れを抱いている。そのため、前述のようにグレッグに脅され、サンドラに泣かれては、一人で帰ることなどできるはずもなかった。
ジェルミは逃げることも叶わないまま、グレッグの強要を退けることもできず、その時の心情を以下のように描写している。
〈ぼくは/粉ごなに/砕けてしまう/グレッグの/歯のあいだで/ぼくの骨は/嚙み砕かれ/パウダーのように/細かい細かい/粉になって/しまう/どこかに/ナイフはないか/銃は?/早く/殺せ/早く/この怪物を/ぼくの息が白く/鼓動が消えないうちに/殺せ!〉(一巻、二六八頁)
骨というのは、ジェルミの意思や気持ちといったものの例えだろう。自分の意思が通らず、気持ちとは正反対に動く現実に自分というものが千切れて、消えていく心情を表している。そうした「自分」が霧散した中で、自分を失う憎しみや殺意といった感情だけが、行為の上で自分を確認させてくれる。早く相手をどうにかしなければ、自分という意思が死んでしまう。そんな限界状態を訴えているのだ。
九月五日の昼頃、ジェルミはリンフォレストの小川のそばでうずくまっていた。その様をイアンが見つけた時、横たわるジェルミの体は草に覆われ、顔も手で隠されていた。草は遠近法で覆うように見えるだけで、実際は絡んでいない。しかし、そう見えるように描いたことは、ジェルミを死体に見せるかのようである。ジェルミはイギリスに来て早々受けた仕打ちに、心が死にかけていた。あの朗らかで快活なジェルミはここで潰れかけているのだ。
同日、食欲のないジェルミのもとにイアンが夕食を誘いに来る。そこで、イアンから学校のことを聞き、学校に逃げることを思いつく。家族で夕飯を囲む中、学校へ行きたいことを話すと事は簡単に進んでいった。サンドラは、学校に出すのは早いと反対したが、グレッグはもう手続きを済ませたようだった。グレッグがすでに学校への手続きを進めていたことから、ジェルミを長期的に、つまりサンドラと同じく移住させるつもりでいたことが分かる。学校に通うことで、そこにコミュニティが出来たり、退学するのにも手続きが必要になったりと、個人の判断のみでその地域から離れることは難しくなる。つまりジェルミが逃げにくくなることを意味している。グレッグはしおらしくジェルミをイギリスに誘った裏で、支配することを諦めていなかったのだ。
ジェルミはその夜、グレッグの行為を受けながら二度と屋敷に帰るものかと考える。二八七頁三コマ目に映る窓の外は明るく、ジェルミが学校に希望を見出していることが分かる。本来であれば、夜なので窓の外は暗く、照明のついた部屋の方が明るい筈だが、ここでは明暗が反対に描かれている。明るみに出せない、憎悪と裏切りの行為をする室内と、それを終わらせる外の学校の存在の対比だろう。しかし、前に述べたように、学校に通うことはグレッグの目論見の一つであった。グレッグはジェルミに、週末は帰ってくるよう言った。
九月六日、学校に着いたジェルミは、力強く閉ざされた鉄の門に安心感を得る。宿舎で同室のチャーリー、チキチキ、ウィリアムに挨拶を済ませると、その夜ジェルミは三日ぶりに何事もなく眠った。眠るジェルミを守るかのように描かれた鉄の門から、ジェルミは学校を、自分を守る存在だと考えていることが分かる。また学校生活が一週間経つ頃には、冬休みのタイミングでパスポートを取り返そうと考えている。その様子は穏やかで、屋敷で見られた怯えや落ち着きのなさは見られない。学校がジェルミの逃げ場として、役割を果たしていることが分かる。しかし、週末帰らずにいるジェルミにはサンドラから催促の電話が、毎週末来ていた。その度に帰れない理由を述べてその場をしのぐ姿からは、安全基地としての学校の役割が長くないことを示唆していた。
九月一八日、ジェルミはサンドラからの電話で、ビビから連絡がきたことを知る。ビビが仲直りしたがっていることを知り、ジェルミは涙をこぼす。ジェルミが思いはせるビビのイメージは淡く、清らかな水のようである。ジェルミにとって、ビビは心のオアシスであることは二項目で述べた通りである。そのために、彼女には自分の苦しみを話したが、それが結果的に彼女を傷つけることになったのはジェルミの心残りであった。ジェルミは、ビビの負担にならないよう事実を隠して仲直りしようと考える。電話ではぼろが出るかもしれないので、手紙を書くことにするが、隠し事をしながら本心を述べる難しさにジェルミは頓挫してしまった。このことは、ジェルミが隠し事を続ける以上本音も閉ざされることを示している。そのため、今までも繰り返したが、ジェルミは嘘をつきながら自分を欺き続ける必要にあるのだ。その生活の負担は重く、周りに対して溝を生んでいくことであるのは、ビビとの手紙を諦めてしまうことからも読み取れる。
九月二一日、呼び出されて学校のゲストルームへ向かうと、グレッグが待ち構えていた。学校で足りないものを買い足しにジェルミを迎えに来たのだと言う。ジェルミは給食の当番を理由に断ろうとするが、サンドラを引き合いに出され車に乗ってしまう。グレッグは怒鳴る勢いで、ジェルミが帰ってこなかったせいでサンドラがオロオロし、イラついたことを話した。そして彼女を邪険にしてしまったのは、ジェルミが言うとおりにしないからだと罵った。グレッグはジェルミをホテルに連れていき、言うことを聞かなければサンドラにつらく当たると脅した。ジェルミはこの日、初めてグレッグから鞭打ちを受けた。両手足を縛られ、話せないよう口に布を詰められ、その体験はジェルミに深いショックを与えた。そのことは、翌日声が出なくなってしまうジェルミの様子から窺うことが出来る。また、ホテルから出た際に、近くにいた娼婦から前の奥さんを殺していると注意を受けた時、ジェルミはサンドラの死を連想した。自分が言うとおりにしなければ、サンドラが縛られ、打たれ、殺されてしまうと考えたのだ。後日、ジェルミは体の痛みやフラッシュバックに苦しめられるが、それでも家に帰らざるをおえない状況になってしまった。家に帰らないことは許されない。これからジェルミは本音だけでなく、身体の傷や痛みまでも隠す必要に駆られるのだ。また、これらに付随してジェルミは睡眠も削られていくことになる。
ジェルミは学校という安全な場所を失ってしまったのだ。
九月二五日、グレッグに従って三週間ぶりにジェルミは帰宅した。翌二六日には、夕食中ビビから電話があり、グレッグの指示で書斎に繋がれた。電話に出ると、ビビは自分の不甲斐なさをジェルミに謝った。ジェルミは自分が全部悪いから謝らないでくれと縋るように受話器を寄せた。二巻八五頁三コマ目、ジェルミの背後にはグレッグが重く圧し掛かる。現実にはいないグレッグが、ビビのもとにジェルミを行かせないよう縛り付けている。実際、ジェルミはグレッグとのことでビビの下に戻ることは出来なかった。学校という逃げ場を失った時、ジェルミは自分が自由になることとサンドラの命は引き換えなのだと理解した。そのためこの場を離れるわけにはいかず、また、彼女の下に戻っても本当のことを言えない、彼女に応える言葉を持っていないことから、ジェルミは自ら、ビビとの関係に終わりを告げた。
一項目でジェルミは、男娼などそうした世界とは無縁の世界に生きていることを指摘したが、ビビは以前とそうした世界に生きる人である。ジェルミがそのビビと付き合いを切ることは、ジェルミがもう元に戻れないことを指している。終わったことだとジェルミが告げる二巻八六頁八コマ目には、空へ飛んでいく風船が描かれている。この風船は何を表しているだろうか。一見もう元には戻れないジェルミの現状を比喩しているようであるが、これはビビのことを表しているだろう。風船の後ろにはきらめく太陽光が漏れ、晴れた空に浮かぶ風船は自由に見える。風船が影を落とす地上は見えない。風船を見上げる人物は何処にいるのだろうか。どういう気持ちで風船を手放したのか。それは、ビビに別れを告げたジェルミの気持ちそのものなのである。ジェルミは、ビビが今も好きで、声を聞くだけでも泣けてきてしまう程彼女を大切に思っている。二巻八六頁六コマ目、ジェルミは「でも」と紡ぐが、「だからこそ」もう終わったことなのである。二人は最後に仲直りのキスをして、感謝と別れを共に電話を最後にした。ジェルミは自ら電話を切らなかった。自分を癒す存在、オアシスであったビビとの関係が切れた音をジェルミは聞いたのだった。
九月二七日、学校に帰る電車を待つ駅のホームで、ジェルミはこれから過ごす週末がいつまで続くのか、不安と焦燥を覚える。逃げ場がない、癒しもない。ジェルミが考え込んでいると、電車の揺れで同乗したイアンと唇がかすめた。慌てたジェルミの反応をイアンがからかうと、ジェルミはイアンを誘惑してやろうかと思いつく。そうしてイアンが自分に夢中になったら、グレッグはどんな反応をするだろうかと挑発的思考をめぐらせた。すぐにジェルミは考え直すが、グレッグを負かすために初めて性的挑発を思いついた場面であった。
学校に帰ると、授業でジェルミはエドガー・アラン・ポーの「黒猫」を読む。そして、グレッグが前の奥さんを殺して壁に死体を塗りこめたことを思いつく。なぜ自分がこんなことを思いつくのか思い返せば、以前ホテルへ連れていかれた時に、娼婦から奥さんを殺したことを聞いたからだと思い出す。ジェルミはグレッグの殺害の秘密を暴き、追い詰めることで逃れようと思いつく。
・一〇月
一〇月二日、ジェルミが家に帰ると、マットが、サンドラが死んでしまうと泣いていた。慌ててサンドラの寝室へ駆け込むと、ナターシャからポットのお湯をかぶってしまったこと聞く。ジェルミは、前の奥さんに手をかけたようにグレッグが、サンドラにお湯をかけたのだと確信する。ジェルミは自分の受けた行為や、あの娼婦の言葉からグレッグが本当に殺人を犯してもおかしくないと思っているのだ。しかし、サンドラが手を滑らせてお湯を落とし、その時グレッグは会社にいたことを聞いて、グレッグの犯行ではないことを知る。火傷を負ったことで、情緒不安定になったサンドラは、ジェルミとアメリカへ帰ると言い出す。グレッグはジェルミの肩を寄せ、互いに努力するからサンドラの気を収めてほしいとお願いした。ジェルミはグレッグに同意を求められ、帰りたいと思う気持ちと裏腹に賛同してしまう。それは、繰り返しになるがジェルミが一,二項目で述べたように、サンドラの幸せを己より優先的に考えているからだ。ジェルミが、サンドラの幸せはグレッグとの結婚生活にあると考えている以上、二人でアメリカへ帰る機会を与えられても、ジェルミは逃してしまう。このことは、ジェルミがグレッグから逃れるには、告白するほか手がないことを表している。なぜなら、サンドラがこの生活に不満を抱いても、それを除くようにグレッグとジェルミは働きかけるからだ。ジェルミから結婚生活を終わらせようとすることはなく、グレッグからもジェルミがいる以上終わらせることはない。ならば、告白する以外に打開策はないのだ。しかし、今回ジェルミが本音を閉ざしたのも、サンドラに負担をかけないためであり、彼が告白するというのはありえないことであった。そのことは、この以前からも以降からも繰り返し表現される心境である。
今回の事件があり、イアンから相談を受けたこともあってジェルミは仲のいい平和な家族を演じようとする。そのため、グレッグの殺人を暴くことは保留してしまう。九日、グレッグに行為を強要され、現れた自分の死体を、ジェルミは壁に漆喰で塗りこめる。これはジェルミの心象風景である。平和な家庭には、このような死体――名のつけられぬ程の苦痛や絶望――は存在しない。自分の死体を隠すということは、ジェルミが自分の負の感情を押し殺していることを表している。また、死体という形で感情を切り離すことは、解離現象ともとれる。解離現象とは、意識や感情、感覚が現在の状況から離れることを言う。この状態は、一〇日にグレッグの行為を受けるジェルミの、魂が抜けたような表情からも読み取れる。しかし一〇日には、ジェルミの死体を埋めた壁が少しずつ剥落していく。
一一日、ジェルミは前日にグレッグから聞き出したメイスン娼婦街へ向かうため、交際費と称して三〇ポンドを得た。最初はサンドラを当たったが、サンドラはお金の管理をグレッグに任せきっていたため、グレッグからキス一つにつき五ポンドでもらった。愛はお金で買わないと言っていたグレッグが、自分のキスに五ドルずつ払ったことをジェルミはバカにする。しかし、自分も好きでもないグレッグにキスをしていると自虐的になる。ジェルミは心の底から誰かを真っ直ぐに愛したいと思う。自分も誰かを愛し、幸福になりたいと、平和な家庭に協力することをやめる決意をする。メイスンにつくと、自分に注意した女性、ディジーに会うことが出来た。話を聞くと、グレッグは今年五月末まで毎週末メイスンで娼婦を打っていたのだという。そして、奥さんを殺したという話は、グレッグが最中に相手にしていた話なのだ。ロープで首を絞め、木に吊るして自殺に見せかけたという。しかし、自殺と他殺では首にかかる力の負荷が違うということをジェルミは知っていたため、結局グレッグが殺害したのかどうかは分からなかった。ジェルミは真偽のわからぬまま、学校へ帰った。校内の聖堂に寄ると、パイプオルガンの和音が響き、綺麗な音色に癒しを得る。ジェルミは奏者であるナディアに、綺麗な印象を持った。ナディアとの出会いは一一月に、大きな意味を持つ。
一〇月一六日、部屋を訪れたグレッグに、ジェルミは思わずリリヤを殺したのかと尋ねてしまう。グレッグは動揺し、何もしないまま部屋から出て行った。ジェルミは、すぐさま部屋に鍵をして、リリヤのことを話す限りグレッグは来ないと安心を得た。かつて、部屋の鍵はジェルミに対して意味をなさなかったが、ここで鍵をかけることは、鍵がその役割を果たせることを意味している。ジェルミが自分の部屋に安全を見出したことが窺える。
しかし、翌一七日、リリヤのことはグレッグに対して正反対に働く。グレッグは怒りを露にしてジェルミを柱に縛り上げた。グレッグはリリヤに募る、憤りや憎しみの感情をベルトにこめてジェルミを打ち、許さない、死ねと言いながら行為に至った。ジェルミは、九月末に見出した退路を失った。そのことは、ジェルミから生きる希望を奪うことに等しかった。逃げ道がないということは、ジェルミは終着点の見えぬまま自分の意思を殺し続け、グレッグに言いなりになることを表していた。そして彼は、それらを受けながら周りに怪しまれないよう何事もないふりをしなければならない。
一八日、学校へ向かう電車が来るホームでジェルミは自殺を考える。線路に飛び込めば一思いにすべてを終わらせられると思いが逼迫していく。しかし、ジェルミは何故死ぬのが自分なのかと思い留まる。死ぬならグレッグの方が値すると気持ちを堪えるが、それと同時に言いなりになる自分に自己嫌悪を深める。何の活路も見いだせない中、ジェルミは二〇日にサンドラから八日間イタリア旅行へ行くことを電話で知らされた。ジェルミは旅行を楽しんでおいでと言うと同時に、グレッグにパスポートを返すよう言ってほしいと頼んだ。そんなジェルミを読んだように、電話先はグレッグに変わっていた。グレッグはパスポートの件を無視して週末に会えず寂しいことを話した。ジェルミはグレッグの言葉に慄き、電話を切った。逃げようとしたことをグレッグに聞かれ、自ら罰する口実を与えたことに恐怖し、またそれを聞いたにも関わらず飄々と寂しいと言ってのけるグレッグに嫌悪感を抱いたのだ。そしてジェルミは、自分が怯えることでグレッグを喜ばせることも理解していた。そのために、不快感が膨れ上がりジェルミは思いのまま、ぶつかる人も気にせず、中庭に抜けた。木に手をつき、地面に突っ伏してジェルミは以下のように思う。
〈もう/あいつの声を/きくのはいやだ!/あいつの顔を/見るのも/いやだ!/あいつに/指一本/ふれられるのも/―――いやだ!/いやだ!/いやだ!/いやだ!/いやだ!/もう/あいつに/抱かれるのは/いやだ!〉(二巻、三一九頁)
「いやだ」という言葉の単調な反復から、ジェルミの心の底から浮かぶ言葉であること、またその追いつめられた心境を強く表現している。ジェルミと廊下でぶつかった同室のウィリアムは、ジェルミの様子を心配して追いかけてきた。ウィリアムが声を掛けるも、ジェルミの耳には届かず、ジェルミは死ねばいいと地面に向かって繰り返し叫んだ。
ウィリアムが目線を合わせるように、正面から声を掛けると、ジェルミはやっと彼を認識した。ジェルミの心の負荷は、他の存在に気づけない程大きいということである。一度目を向ければ覆われてしまうほど、一人では抱えきれない苦しみであることが分かる。ジェルミは心配するウィリアムにおせっかいだとキスをした。それは、以前イアンを誘惑しようと思った時とは違い、あまりにも脈絡がなかった。このキスは何の意味を持っているだろうか。物語後半で、ジェルミは同じ痛みを持つ人物に、痛みを分け合う意味でキスをしている。今回のキスはそれと近しい意味を持つと考えられる。ただし、この場合ジェルミが一方的に痛み、苦しみを発散するためウィリアムを利用したことになる。そのことは、一一月にジェルミがキスしたことを優しさに付け込んでやったと謝罪する場面から分かる。ジェルミは、自分は変だと言ってその場を離れた。
これまでも、ジェルミは自分のバランスがおかしくなっていることを自覚していたが、そこにはまだ正気があった。今回はジェルミに誰かが乗り移ったように、感情のふり幅がころころと変わった。泣いたかと思えば笑い、笑ったかと思えば感情が抜けたように冷静になる。この極端な変化から、ジェルミが感情の適切なコントロールを失っていることが分かる。感情のコントロール障害はトラウマを持つ子どもに見られる傾向である。日常生活を通して、トラウマを刺激されることで、感情を適切に表現する機会を失ってしまう。また、性的虐待を長期的に受け、内と外で異なる振る舞いを続ける事で現実と夢を隔てる境界が混同してしまうこともみられている。ジェルミもそのただ中にいるのではないだろうか。
一〇月二五日、イアンと一緒にロンドンのナターシャ宅を訪れた際、ジェルミはロンドン在住アダン・Z・オーソン著作の「十代の心身症」という本を借りる。ジェルミはここ最近の自分がおかしい原因が分かるかもしれないと、彼を訪問することにする。三〇日に場所を訪れると、今は引退していることが分かった。代わりに先生の助手からソーシャルワーカーの電話番号を得て、ジェルミはそこに助けを求めた。ソーシャルワーカーはジェルミを保護してから、代わりに全てを家族に伝えると、その流れを説明した。ジェルミは打ち明ければ母が死んでしまうと、言葉を聞き入れなかった。ジェルミにとっては知られないように必死なことを暴露するというのは酷い事であった。しかし、繰り返すがそれが根本の原因なのである。ジェルミは電話を切り帰宅した。三一日には、グレッグから夕飯に遅れた罰として鞭打ちを受け、ジェルミは一七日に希望を失ってから、自分の苦しみを発散する何かを持たないまま一〇月を終えた。
・一一月
ジェルミは前日の絶望感を抱えたまま、再びオーソン先生のもとを訪れた。今は診察していないと知っていても、ジェルミには、逃げ込める場所がここしか思いつかなかったのだ。それは、オーソン先生と顔を合わせた時に話している。先生の助手は、あまりにも重い詰めた様子から、三〇分を条件にジェルミのカウンセリングを許した。オーソン先生は病気にかかっており、年も七〇歳ほどで長くは体がもたないのだ。先生の孫、バレンタインがお茶を運び、カウンセリングは始まった。ジェルミは自分の受けている現状を告白し、再婚相手の義理父を殺したい気持ちを吐露した。先生が誰かに相談はしたのか尋ねると、ジェルミは誰にもこんなことは話せないと返した。誰にもばれないように必死な自分を利用して、モノのように扱ってくる義理父に日ごと殺意が増すのだと話した。先生はその殺意は本物なのか尋ねた。ジェルミは、殺人はそんなにいけないことかと聞き返し、たとえ殺しても後悔しないとまで言ってのけた。先生はジェルミの様子をみて、一緒に殺人の計画を立てることにする。オーソン先生は、一緒に殺人計画を立てている間は殺人を犯さないだろうと踏んで、共謀を持ち掛けたのであった。実際、オーソン先生という信用できるカウンセラーを得たことは、ジェルミの心に余裕をもたらした。計画を実行する時が最後になると現状の終着点を見つけたジェルミはゆとりを持ち、また、ジェルミの苦しみを発散する場所を得たことは殺人を思い詰める気持ちを和らげた。ジェルミは先生の言葉に安心し、次回の約束をして学校に帰った。以降ジェルミは毎週日曜日にカウンセリングを受けることになる。
気分の高揚した様子のジェルミをウィリアムはおかしいと感じて気遣った。ウィリアムは帰宅後のジェルミはいつも元気がないと声をかける。ジェルミは、そんなことはないと否定しつつも、地下室の拷問部屋でグレッグにとりついた悪霊が自分を鞭打つのだと話した。ウィリアムは驚いて、真偽をイアンに尋ねた。イアンは地下室に拷問部屋なんかないと、嘘を真に受けるウィリアムをからかった。ウィリアムは寮室で、人の気を削ぐような冗談を言うジェルミを注意した。するとジェルミは痕を見せようかとネクタイに手をかける。ウィリアムはただならぬ様子を感じて、ジェルミを制止した。ジェルミは不安定になったかと思うと、ウィリアムにキスをした。これは一〇月二〇日に起こした行為と同様の意味を持つと思われる。このシーンをほかの同室者に見られたジェルミは、後日南野館へ移動となる。そのことはまた後に述べる。
一一月七日、ジェルミは帰宅前に学校の聖堂へ寄る。そこではナディアがパイプオルガンを演奏していた。あまりにきれいな音色にジェルミは卒倒してしまう。ナディアは演奏を中断して、泣いているジェルミを落ち着かせようと抱きしめた。ジェルミは綺麗なナディア、綺麗な音色に対比して自分が汚いままでいることに涙した。それは、ジェルミが綺麗になりたいと思っていることを指す。また、それらに触れても自分が綺麗になれるわけではないと悲嘆している様子から、失った汚れる前の自分を惜しんでいることも考えられる。もう戻ってこないあらゆるものが苦しいのだろう。ジェルミはこの時から、自らの体に異臭を感じるようになる。八日、このことをオーソン先生に相談すると、彼は心因性のストレスからくるものだと指摘した。不当な暴力を受けているために異臭を感じるのだという。先生は、母親のためになぜそこまで犠牲になるのか質問した。ジェルミは、母は関係ないと否定して、全てグレッグのせいだと答えた。逆に、母は自分を心配して体にいいジュースを作ってくれたり、何かと気にかけてくれたりと親身であることを話した。ここでジェルミがサンドラを擁護することは、ジェルミはなぜ自分がこの状況に陥っているのかを、グレッグが行為を迫るせいだと考えていることがわかる。それを拒めないのは、サンドラが原因なのではなく、自分のせいだとも思っている。この傾向は森田ゆり氏の『子どもへの性的虐待』に述べられた、被虐児童の心理的反応に当てはまる。性的虐待を受けた子どもは、あらゆる理由をもってして虐待を受ける原因に自分を見出す。ジェルミもこれまでに自分を何度も嫌悪しており、またその度にサンドラを裏切っている罪悪感を持っている。そのために、ジェルミにとって母は自分に裏切られている被害者であるのだ。そして、そのように考えているためにジェルミはグレッグとの行為に打算をもって拒まない自分を原因の一つに考えている。その打算とは、母を失いたくないというものである。八歳の頃に父を失い、失意に陥った母も死んでしまうのではないかとジェルミは母親に尽くした。それはジェルミにとって打算といえるのだ。母親を失いたくないために、グレッグに体を差し出してサンドラを裏切ることは、ジェルミにとって母の犠牲になることでもなんでもなく、自分の勝手にすぎないのだ。だから、サンドラはこのことに関係ないと思っているのである。
ジェルミが母の幸福を願っていることを話すと、オーソン先生は、もし義理父を殺してしまったらお母さんはまた失意に陥るのではないかと危惧した。ジェルミはその可能性に慄き、それならば言いなりになるしかないのかと涙した。義理父は自分を愛していると鞭打ち、
素直になりなさいと愛するよう求める。ジェルミは彼を憎く思っているが、行為の際に自分の体が感じてしまうことで混乱を覚えた。行為の後は頭痛や吐き気もするのに、体が感じるということは彼が好きということなのだろうか。愛の言葉を言われながら性的虐待を受けると、被虐者はその認知や性的指向などに対して混乱を持つ事が多い。ジェルミも、憎いとはっきり感じていながら、己の身体的反応やグレッグから掛けられる言葉によって混乱をきたしている。この認知の混乱は、後編でのジェルミの生き方にも強く影響していく。オーソン先生はその混乱に待ったをかける。ジェルミの体と心はバラバラになっており、それは愛しているということではないと説明する。それが加害者の洗脳であり、性的虐待で使われる手段であることは一章二節で説明する。
先生は、本当の愛とは、愛することで幸福な気持ちが満ちみちる人のことを指すのだとジェルミにそのような人がいないか勧める。ジェルミはナディアを思い浮かべ、ナディアを愛することでバランスを取り戻そうと考える。ナディアはジェルミの心のオアシスとなった。
学校へ帰ると、ジェルミはウィリアムとキスしていたことで呼び出しを受ける。お咎め程度であったが、ジェルミだけが挑発的態度に出たので彼は南野館へ移動になった。南野館は問題児の移動先である。ウィリアムは挑発に出たジェルミに、冷静に考えることもできないのかと叱咤した。ジェルミは目が覚めたように、深く反省し、ウィリアムはその極端な性格に驚いた。
一一月一三日、グレッグが仕事でいない家に帰宅すると、ジェルミはナディアに思いをはせた。彼女をイメージして、ロバート・バーンズの詩「赤い薔薇」を思い浮かべる。翌十四日、ナディアを想って温室のバラを一本っていると、グレッグが自分宛かと姿を現してキスをした。この日はグレッグの誕生日であり、ジェルミは夕食の席でロバート・バーンズの「赤い薔薇」をプレゼントした。この時、ジェルミは恋人を想って聴いてくれるよう促した。これによって、グレッグはその晩、誰を想って詩を読んだのかとジェルミを鞭打った。グレッグは、今度は自分を想って読むよう強制し、何度も何度も文言を繰り返させた。
一五日、学校へ向かう道中、ジェルミは新米メイドのシャロンから、グレッグとキスしているのを見たとお金をゆすられる。ジェルミは彼女にばれてしまったことを激しく動揺し、オーソン先生のもとを訪れる。オーソン先生は不在で、孫のバレンタインが迎え入れてくれた。彼女は、もうなにもかもダメかもしれないと不安定なジェルミの心を落ち着けた。バレンタインは告白するよう助言したが、ジェルミはそれだけはできないと突っぱねた。彼女は、代わりにジェルミに精神安定剤を手渡した。
寮に帰ると、ジェルミは苦しみから癒されたいとナディアを思い浮かべる。しかし、彼女への詩であった「赤い薔薇」をグレッグによって塗り替えられたために、彼女にはもう二度と会えないと思うようになる。愛を歌うこの詩で、ジェルミはトラウマを誘発されるようになってしまったのだ。
ジェルミはバレンタインにもらった薬のおかげで眠ることができたが、背中の痛みをとることはできなかった。そのため一六日に、同じ寮に住むドラッグマニアのパンジーから薬を勧められて飲んでしまう。背中の痛みが消えていき、ジェルミは驚く。パンジーはジェルミにSMが好きだろうとちょっかいをかける。背中の傷を覗き見たのだと言う。ジェルミはパンジーにばれたことに動揺し、へたりこみながら出ていけと命令する。パンジーは出て行ったが、彼に知られたことでジェルミは焦燥感や不安感に苛まれた。シャロンに続いてパンジーにばれたことが、ジェルミに隠しきる限界を感じさせた。ジェルミにとって、グレッグとのことが人に知れることはタブーであり、そのタブーが侵されたことは少なからず彼を追い詰めた。
一一月二一日、ジェルミが家に帰ると、シャロンが水曜日に仕事を辞めたことを知る。もうたかられることはないのだと安心したのもつかの間、その夜、グレッグからシャロンを殺したことを聞かされる。彼女がジェルミとグレッグの関係に気づいて、お金をせびってきたので始末したのだという。グレッグはジェルミの口に銃口を突っ込み、生かしておくほどいい子かなと脅した。彼は銃声を鳴らしたが、空砲であったために殺されることはなかった。しかし、この体験によってジェルミはより深いダメージを受ける。グレッグのやったことは、拷問で使われる模擬処刑と呼ばれる手法で、殺害をほのめかすことで肉体に痕跡を残さずに精神的ダメージを与えるやり方である。ジェルミが受けた行為は拷問のそれと同じであり、虐待における精神ダメージが拷問と匹敵するレベルであることを示している。
ジェルミは、グレッグが本当にシャロンを殺したのだと、彼女の死体に救いを求めた。一〇月に、ジェルミがグレッグの殺人に望みを持ったように、今回もそれが暴かれることで同様の望みを持っている。二つに共通するのは、殺害告白がグレッグの行為の上でされたことである。リリヤの死亡原因が自殺によるものか他殺によるものかは結局分からなかった。相手の反応を楽しむためにグレッグがしたホラ話ともとれる。このことは、ジェルミが望みをかけるほど信用できる情報ではないことを表している。前回と同様裏目に出る可能性がある。しかしそれでも、グレッグから暴行を受けるジェルミには真に迫った情報であり、嘘でもそれに縋りつくしかない現状にジェルミはある。そして、一一月二八日、シャロンの死体を探して森を散策した後帰宅すると、彼女の手紙によって殺害が嘘だったことを知る。グレッグはその晩、自分を裏切ろうとした罰としてジェルミを打った。ジェルミは再び縋る希望を失った。
二九日、オーソン先生はジェルミのその失意、繰り返される喪失には名前がないのだと指摘した。その絶望には「死」という名前が最も近いのだと、先生は自殺をしてくれないよう頼む。つまり、先生はジェルミの傍に「死」が近くなっていることを見たのだ。
・一二月
四日の金曜日、帰宅する前にジェルミは無性にオーソン先生に会いたくなる。そこで、彼のもとを訪問すると、オーソン先生が一昨日亡くなったことを知らされる。先生の娘であるゼニアは、ジェルミに父の好きだったモルト・ウィスキーを手渡した。ジェルミはウィスキーを煽って帰宅し家族を騒然とさせた。深く酔ったジェルミから、オーソン先生を亡くした喪失をお酒で紛らわそうとしたことが読み取れる。彼を失ったことは、ジェルミが砦にしていた心の支えを無くしたことを意味する。今のジェルミには、苦しみを聞いてくれる人も、癒してくれる人もいない。また、ジェルミの殺意を留めるものがなくなったことも意味していた。五日、ジェルミはグレッグに、天使が殺せと自分に囁くことを告げた。グレッグはそれを訝しがるが、愉快そうなジェルミに気分を良くする。その時、行為に及ぶジェルミの目の焦点はあっていない。グレッグに従順に応える姿から感情や生気は感じられず、まるで人形のようであった。
六日、ジェルミは、自分が死んだら悲しいかサンドラに尋ねる。この発言から、ジェルミを生かす支えがないことが分かる。サンドラはジェルミを励まして、学校のクリスマス会を楽しみにしていることを告げた。グレッグと見に来ることを知ると、ジェルミの頭に天使がラッパを吹いた。殺せと囁いているのだ。こうした表現はこの後繰り返され、ジェルミが少しずつ殺意を高めていく様子を表している。
ところが、一二月一一日、ボストン旅行へ行く話があがる。ジェルミはアメリカに逃げ出せると期待を膨らまし、殺意を潜めた。また、一三日にバレンタインから受け取った手紙とイースターエッグ、精神安定剤と痛み止めによってジェルミはボストン旅行に行くまで耐え抜くことにする。ジェルミは再び、苦しみを耐えるための希望を見つけたのだ。
しかし、十四日、イアンに薬が見つかり没収されてしまう。処方箋もないことからパンジーに貰ったのだと推測され、彼に返されてしまう。さらに、クリスマス会で倒れてしまい、自室で休んでいるところを襲われたことで傷害事件を起こしてしまう。パンジーから軽い奴だと聞いた生徒が手を出そうとして、ジェルミが電気スタンドで殴ったのだ。事件を起こしたことで自宅謹慎となり、ボストン旅行は取りやめとなった。さらにこの夜、男を誘惑した罪としてグレッグからむち打ちを受け、翌一七日にも打たれ、バレンタインから貰ったイースターエッグを行為に使うという恥辱を受けた。ナディア同様、ジェルミはバレンタインの名前からトラウマが蘇るようになり、イアンに人物を尋ねられて大きく叫ぶ。この反応はトラウマの侵入性症状といえる。侵入性症状とは、誰かが口にした言葉によってトラウマを刺激されて、本人の意思と関係なくその時の感情が蘇ることを指す。この場合、声をかけた本人の予想をはるかに超える反応が返ってくることが多い。そのため、イアンは予想を超えて失神までしたジェルミに驚いた。
こうしてジェルミは、自らの支えを得られないまま、再び殺意を高めていく。そして、グレッグを殺すことだけが救いだと一二月二四日の深夜、犯行に及んでしまう。グレッグの愛車に細工をして、事故を起こすよう仕向けた。グレッグは死亡し、ジェルミはやっと逃げ出すことが出来た。しかし、ジェルミの想定を反して、車にはサンドラが同乗していた。
全三項目を通して、ジェルミの変化を見ていくと、ジェルミ本来の優しく明るい性格は、イギリスのグレッグ家族や使用人、はては学校でさえもその印象を残していないことが分かる。学校が安全な場所として、役割を果たしていた時にはその明るさが見えたが、時間が経つにつれて薄れていった。ジェルミと関わった多くの人が、ジェルミを内気で繊細な、ナイーヴな性格だと思っていた。それは実際のジェルミの変化でもあったし、グレッグによって持たされたものでもあった。

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