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殺人事件を調べていた時のこと①

  • 執筆者の写真: 耳ず
    耳ず
  • 2023年10月2日
  • 読了時間: 12分

更新日:2023年10月3日

確か7/29から8/9のことだ。

私はこの期間、殺人事件について調べていた。理由は殺人に至る動機や過程が知りたかったからだ。


なぜそれを知りたいと思ったのか?

きっかけはとある本にある。


『僕はパパを殺すことに決めたー奈良エリート少年自宅放火事件の真実』

草薙厚子 講談社 2007/5/22


この本は2006/6/20に発生した奈良自宅放火母子3人殺人事件を取り上げたノンフィクション作品だ。※1


この事件は、父親から教育虐待を受けていた少年が、平均点を下回るテストを隠すため家に放火し家族を殺害してしまった、という内容のものだ。



少年は幼い頃から医者にならなければいけない使命を負っていた。

彼は医者の家系にあり、親戚中にそうなって当たり前の空気があった。父親もそのために教育熱心であり、小学校に上がるまでに少年は掛け算をマスターしていた。

(掛け算とは、本来であれば小学3年生ー9才頃ーに学ぶ内容である。それを彼は6才の齢で身につけたのだ。)

小学校に上がる前から父は、息子のマンツーマン指導に勤しんだ。息子の学力をあげるため何度も折檻した。


ここで少年の母に触れておこう。彼女も医師であったが、父と教育方針で衝突し息子の育て方について争った。

時には手が出る言い合いになった。

結果二人は離婚し、少年は低学年のうちに実の母を失った。

父は数年後再婚した。新しいお母さんを少年は気に入った。弟、妹も出来て、新しい家族が始まった。暫くすると、新しい母も父のあまりの教育熱心さに口を挟むようになった。

その時決まって父はこんなことを言った。

「お前が産んだ子じゃないだろう!

アイツは俺の息子だ!俺が面倒を見る!

お前は下の子の面倒だけ見てろ!」


母はそのうち、その通りになった。

少年の教育方針について父にとやかく言える人は誰もいなかった。


難関中学に受かると、少年はテストで苦渋を舐めることとなった。

授業の内容は、医師である父すらついていけないほどになり、幼少期より続けていたマンツーマン指導は単なる「監視」となった。

入学最初のテストで中の下の成績をとった少年は、父から殴る蹴るの暴行を受け、成績を上げるよう強制された。

監視の勉強では暴力がつきものだった。(その暴力自体は6才頃から常習化していたものである)

父はそのうち、この学校で息子が上位を狙うことは難しいと見切りをつけ、中間を維持するよう約束づけた。

中間ーーつまりテストでは必ず平均点を取らなくてはいけないということだ。


***


少年は、中学受験に受かった際、父から貰ったものがある。


それはゲーム機だ。

小学生の時、少年は受験のため複数の塾に通っていた。学校をこなしつつ塾へ行き、家では父とのマンツーマン指導を受ける。

勉強は過酷で、間違えれば殴る蹴るの暴行。解き終わるまで寝かせてもらえないということもザラだった。そんな日々だった。

そこを乗り越えて、難関中学を合格した際は、あまりの喜びに父子共に抱き合った。

よく頑張った。よく乗り越えたと。

そうして父はプレゼントにゲーム機を与えたのだった。


***


しかし中学に入ると、成績は前述の通り。

ゲームをしている場合ではなかった。

父との猛特訓の勉強会が開かれたが、それでも少年は隠れてゲームをしていた。

ある日、夜中にゲームをしていると、突然鬼の形相の父が部屋に入ってきた。

バレた!

少年は必死に抵抗したが、その甲斐虚しく髪をわし掴まれ、散々引き摺り回された挙句ゲーム機は浴槽に捨てられてしまった。


どうして?どうしてこんなことするの。

お父さんが買ってくれたゲーム機でしょ…どうして…どうしてそれをお父さんが捨てるんだよ



少年への監視の目は厳しくなった。

中学に上がったばかりの頃は父の見張りなしで自由に勉強をして良い時期があった。しかしそれもゲームの一件でなくなってしまった。

友達と遊ぶよりテレビを見るより何をするより勉強しろと言われた。

勉強の妨げになるものは全て罵られた。

折檻を含む父と二人の勉強会が続いた。


小学生の頃は素直に従っていた少年も、次第に父を恨むようになっていた。時には父に抵抗し、口ごたえし、更なる罰を受けていった。




ーーそうしてついに、少年は平均点を下回るテストを取ってしまったのだ。

実は、事件のきっかけとなるこの出来事は初めてのことではない。

2度目のことだ。

それなのに何故こんなにも恐るのだろうか?

それは少年が以前テストで平均点を下回った際、父からそれは恐ろしい暴力に晒されたことがあるからだ。日頃の比ではないほどの目に遭わされたのだ。

その時は単に「平均点以下の点を取ったせい」ではなく、少年が「テスト結果を改竄し隠そうとした」ということにも起因していたのだが、少年にとってそれは大した差ではなかった。

ーーもう平均点以下を取ってはいけない。

その重圧が、少年に放火へと至らせる原因となった。少年は今度のことがバレたら「父に殺される」と本気で思った。彼は日頃から、暴力と共に「死ね!」や「殺すぞ!」といった言葉を浴びせかけられていた。

彼にとって、平均点以下のテストを取るということは、殺されるということに直結していた。その恐怖は常に真実味を帯びていたのだ。


殺される。殺される。

お父さんに殺される。

その前にお父さんを殺さないと…


そうして少年は家に火を放った。


ーーーーーーーーーー



この事件、変わっている点がひとつある。

それはこの放火で父は死ななかったということだ。


運良く助かった、というわけではない。

この日父は仕事で家に不在だった。そして少年はそれを知っていた。

知っていたのに、家に火を放ったのだ。

なぜだろう?



ーー少年は2度目の平均点以下を取った時、父に平均以上だったよ、と嘘をついた。これで暫くは怒られないで済む。

しかし三者懇談会が控えていた。

三者懇談会ではテストの本当の点数を親御さんにお知らせする。その上でその学期の成績を説明するのだ。


三者懇談会で、本当の点数を知られてしまえば全てが水の泡だ。

知られてはいけない、絶対に。

絶対に知られてはいけないのだ。

だから、

その日までにお父さんを殺さないと。


そうして、少年は期限の日まで、どうやって父を殺そうか考えていた。考えた末行き着いたのが放火だった。嫌な思い出の詰まったこの家ごとお父さんを燃やそう。みんなが寝静まった夜中なら成功する確率も高いだろうから、夜中3時に決行しよう。


そして三者懇談会の2日前。夜中の3時。

彼は放火するつもりだった。しかし、夜中起きることができず、予定は狂ってしまったのだった。

少年は焦り、やるなら明日しかないと強迫的に思った。

明日….明日…

必ずやらないと…!


そう思っていた矢先。

前日の夕方のこと。待てど暮らせどお父さんが帰ってこない。不思議に思い母に父を尋ねるとこのように返ってきた。


お父さんはお仕事で今晩いないのよ


帰ってくるのは早くても朝方だろうとのことだった。

少年は迷った。お父さんがいないなら放火する意味がない。意味がないけど…。

だけど明日は三者懇談会だ。明日になったら絶対知られてしまうんだ。

僕は三者懇談会までに放火をする計画だったんだ。そういう計画だったんだから、やはり、「やるか」「やらないか」というなら、「やらなくては」……




少年はそう思って放火を実行してしまった。

自分の母と妹弟が亡くなり、父と自分だけが生き残ってしまった。



ーーーーーーーーーー



彼は父を殺したかったのではなかったか?

なのになぜいないと知っていて火を放ったのだろうか?


それは少年が「父を殺すこと」を目的としていたのなら、不可解なものだ。

著者も少年のこの行動に疑問を呈し、発達障害の気があるのではないかと推察していた。本来やるべきことよりも目の前のことを優先しやすい傾向にあると。

それはそうだと思う。少年が父不在の家に火を放ったのは、①目的より「放火」という手段に囚われていたから②三者懇談会が明日に迫っていたため視野が狭窄化していたから、の2点が考えられる。

しかし私はここで別の視点を提示したい。

少年の目的は父を殺すことになかったのではないかということだ。


私は少年の目的は「新しい人生を歩むこと」だったのではないかと思う。

というのも今回の事件を起こした後、少年は逃亡生活を送っていた。それは父を殺した後どうするか?という計画にもあったことだ。

この逃亡生活が彼にとっての「新しい人生」だった。

少年がしたかったことは父を殺すことではなく、自由になること。その自由のために父に死んでもらう必要があった…ということではないだろうか。なんといっても少年は「お父さんに殺されるから、殺そう」という動機だったのだ。自分の命は、人生は父によって左右されていた。


お父さんに殺されるようなことをしてしまった→隠しはしたが、三者懇談会でバレてしまう。分かれば自分は殺されてしまう→殺されたくはないが、起きたことは無くせない→お父さんを殺すしかない


この様にして、少年は「父を消すか、自分が消えるか」の2択になってしまったのだと思う。

殺さなくても良かったのではないかと思う人もいるだろう。それはその通りだ。しかし、単に家出をするには父の存在が脅威すぎたし、未成年である以上親元に帰される現実では上記の2択に陥っても仕方のないことではないだろうか。

また、行政や学校に相談する等の選択肢も浮かばなかっただろう。なぜなら、家庭訪問で担任の先生から父が暴力を咎められた時も治らなかったからである。(これは、先生の前で息子の頭を思い切り叩いた際起きたことだ)


また父という存在の大きさ(恐怖、絶対感)は、少年の凶器の変遷の中でも伺える。


包丁→野球のバット→石→竹刀→火


少年曰く、「もし父に抵抗されたら絶対に勝てないので、抵抗されても勝てるものでないといけない」らしいのだ。

抵抗されることを考えたら、殺傷力の高い包丁が力を奪うのに一番適していて良いのではないかと思うが、少年にとってそうではなかった。

少年のシミュレーションには、寝込みを襲うも上手くいかず逆襲されてしまうイメージが必ずある。その中で自分が殺されない方法を選ぶ必要があった。ここから、少年がいかに父を畏怖していたかが伺える。

また、それだけではなく、少年の「父を直接殺そうとするのを避ける」傾向も見えるのではないだろうか。



こんなエピソードがある。

少年が小学生の頃、小学校の作文でお父さんのこと書いた。

「僕はお父さんを尊敬しています。将来はお父さんみたいなお医者さんになりたいです!」

そんなことが、お父さんを好きだという素直な気持ちで、書かれていた。父がいくら厳しくても、決して褒めてはくれなくても、少年は父と父の医者という仕事を尊敬していたのである。

また、父を殺そうと決めたある夜のこと。竹刀で父の寝込みを襲おうとしたら、父に風邪なのか心配されて介抱されたことがある。

この時の少年の気持ちはどんなものだったろう。

父を殺すことを思う極度の緊張の中で、その張り詰めた糸を父自身に緩めてもらったことは、少年の心にどう作用しただろう。

その胸中は計り知れないものがある。


少年の動機は父に起因している。

そのことを思えば、父の言動ひとつで固めた殺意が揺らいでしまうこともあったのではないだろうか。実際少年は放火以外の手段での実行が出来ていない。(試そうとしなかったわけではない)

こうした気持ちの揺らぎが、直接手を下すことに抵抗を強めていった所以ではないだろうか。




以上のことから、少年の殺意は決して高いものではなかった可能性が見える。

ーーもしかしたら、母と妹弟を犠牲にするようなやつだぞ!という批判があるかもしれない。しかし彼は放火計画の際母や妹弟が逃げられるルートの確認をしていた。直接声はかけなかったものの、父以外が逃げれるか経路の確認はしていたのである。

声をかけなかったのは、計画がバレないためと早く逃げるためではないか。


少年は放火の違法性は理解していたが、それを行う殺意自体は決して高いものではなかったと推察できる。

少年はただ、自由になりたかっただけではなかろうか。そしてそれは「殺されないために(父を殺して)逃げる」ことから派生して生まれた「自由」ではないだろうか。


では改めて放火した理由を振り返ろう。

①殺される前に殺さないといけなかったから

②目的より目の前のことに集中してしまう傾向にあり、「三者懇談会までに」「放火しなければならない」という強迫観念を持ったから→④に繋がる

③父の存在が絶対だったため、迫る三者懇談会の恐怖が「何もしない」選択肢を選ばせなかったから

④父への殺意自体は決して高いものではなかったため、父を殺せずとも犯罪(放火)を起こすことで殺されることから逃げようとしたから→派生的に「父の下からの解放」「自由」が手に入る


以上が私の考えた、この少年が放火殺人を起こしてしまった理由である。

ーーこの『僕はパパを殺すことに決めたー奈良エリート少年自宅放火事件の真実』を読んでいると、少年が本当にいい子なのが分かる。本来の性格、性質であれば殺人を決して犯さないことが痛々しいほどに分かる。

それは、今回触れなかった周囲の人間の少年について語る場面で苦しいほど感じるのだ。今回の件は環境要因が大きいと見ていいだろう。


教育虐待が元の事件の背景には、先に子どもが親によって(心を)殺されている例が多い。実際親が教育の一環のうちに子どもを殺してしまった事件もある。※2


未来を見据えて、今の子どもを蔑ろにしていい道理などない。教育…躾…そういった言葉の「ガワ」としての汎用性に恐怖を感じざるを得ない。



そして、私はこの本を読んだ後とある少年殺人事件を思い浮かべた。


それは神戸連続児童殺傷事件ーー別名、酒鬼薔薇聖斗事件だ。


私はこの少年事件の動機からは、「殺したくて殺したわけじゃない」事情というものを感じ取れた覚えがなかった。

同じ少年殺人事件だが、動機は異なるものなのだろうか?

異なるとして、その殺人に至るまでの過程は、種類はどれだけあるのだろう?

そう思って私は冒頭に述べた期間中、殺人事件について調べていたのであった。


次回は神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇聖斗事件)について話す。


ーーーーーーーーーー


※1この本は、著者が少年(今事件の犯人)の精神鑑定を担当した医師に【無断で】事件記録を撮影し執筆・発行したものである。そのため現在は絶版となっている。

また、この件について講談社から調査報告書も出されているため、この本の立ち位置を知りたい方は以下を参照されたし。


『僕はパパを殺すことに決めた』調査委員会報告書」と本社の見解および著者の見解

講談社学芸局学芸図書出版部/編集

2008.12

非売品のため閲覧の際は図書館を利用してください。



※2親が教育の延長上で子どもを殺害した事件は以下を参考。

・名古屋小6受験殺人事件

・目黒女児虐待事件

 
 
 

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